さて第14回では、完全競争には加えて第4の条件があることも述べた。
条件4──製品・サービスをつくるための経営資源(技術・人材など)が他企業にコストなく移動できる。例えば、ある技術が企業Aから企業Bに流出したり、人材が企業Cから企業Dに障害なく移動したりできる。
この条件4も完全競争には欠かせない。企業はリソースなしにはアウトプットがつくれないからだ。例えば、上の条件3が示すように複数企業のアウトプットが同質になるには、いずれの企業も同じリソースを持っていなければならない(※7)。もし企業がそれぞれ異なるリソースを持ち、それらが企業間で移動しないなら(=条件4が成立しないなら)、両者は同じアウトプットをつくれない(=条件3が成立しない)。
SCPが条件4を考慮しなかったのに対し、ワーナーフェルトはこの条件に注目した。 すなわち、「企業はリソースを独占していれば(=条件4を崩せば)、アウトプット側を独占したのと同じように超過利潤を高められる」と主張したのだ。SCPの基本論理を、リソース側に持ち込んだのである。図表1にたちかえれば、ベイン、ケイブス、ポーターが縦軸で使っていた論理を、横軸に持ち込んだのだ。
(3)バーニー(1986年)
実はバーニーもその2年後に、ワーナーフェルトと似た論理で、リソースの独占化が企業に超過利潤をもたらすという趣旨の論文を『マネジメント・サイエンス』(MS)に発表している(※8)。しかし、ワーナーフェルトが「アウトプット側でも、リソース側でも、完全競争の条件を崩すことで超過利潤が高まるのは同じ」と述べたのに対し、バーニーは積極的にリソース側の重要性を強調した。
「企業はリソースなしにはアウトプットがつくれないのだから、まずはリソース側を独占すべき」というのがバーニーの主張だ。
(4)ディエリックス=クール(1989年)
ワーナーフェルトとバーニーが「リソースの独占」に注目したのに対し、「リソースの模倣困難性」に着目したのが、INSEAD(欧州経営大学院)のインゲマル・ディエリックスとカレル・クールだ。彼らが1989年にMSに発表した論文は、「企業がリソースを一時的に独占できても、それを他社に模倣されたらその価値は長続きしない。リソースは他社が模倣しにくいものでなければならない」という主張を展開した(※9)。
ここでディエリックスたちが画期的だったのは、「リソースの組み合わせ」に着目したことだ。通常、企業は人材・技術・ブランドなど複数のリソースを持ち、それらを組み合わせることでビジネスを行っている。大事なのはその一つひとつの価値よりも、その組み合わせ方にある、と考えるのだ。そして、その組み合わされたリソース群が以下のような条件を持つ時、ライバルの模倣は困難になる。
(1)蓄積経緯の独自性(historical uniqueness):企業が時間をかけて組み合わせて蓄積したリソース群ほど、その企業独自のものとなるので模倣されにくい。
(2)因果曖昧性(causal ambiguity):因果関係が複雑なリソースの組み合わせほど、「そのなかで何がいちばん大事なのか」「価値を出す根本の原因は何か」がはっきりしないので、他社は模倣しにくい。
(3)社会的複雑性(social complexity):リソースが複雑な人間関係・社会的関係に依拠することだ。例えば、企業内の複雑な人と人の関係、企業文化、顧客やサプライヤーへの評判、などのリソースがこの特性を持ちうる。社会的複雑性が高いほど、他社がそのリソースを活用したり、扱ったりすることが難しくなる。
一例としてアップルの「デザイン力」を考えてみよう。アップルにとってそのデザイン力が長い間、高い業績の源泉の一つであったことは、皆さんにも賛同いただけるだろう。
そのアップルが2011年に、韓国のサムスン電子を相手に、世界中で訴訟を起こしたことがある。同社のスマートフォンGALAXYのデザインが「iPhoneのデザインに酷似している」というのが理由だった。そしてこの訴訟の最中に世界中で話題になったのが、2012年7月のイギリス高等法院でコリン・ブリス判事が、「GALAXYは(表面上似せようとしていても)、アップル製品のデザインが持つ控えめで究極のシンプルさはない。アップル製品ほどクールでない」という理由で、アップルの提訴を退けたことだ。
このユニークな判決理由は、アップルの「クールなデザインを生み出す力」の模倣困難性を象徴する事例といえる。実際、同社のデザイン力は、模倣困難性の条件によく当てはまる。例えば、同社では「デザインとはいわゆるプロダクトデザインだけでなく、『あらゆる顧客との接点のデザイン』を指す」とされる。アップルストアやアップルミュージックのデザインはその代表だ。
すなわち同社のデザイン力は製品開発部門だけでなく、会社全体に埋め込まれ、複雑な人と人、組織と組織の関係性の中で、時間をかけて蓄積されてきたものなのだ。したがってそれは複雑で、因果関係もわかりにくい。仮に当時、同社のデザイン担当の上級副社長を長らく務めたジョナサン・アイブ一人をライバル企業がヘッドハントしても、アップルのデザイン力そのものは模倣できなかっただろう。
【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】
リソース・ベースト・ビュー(RBV)
SCP対RBV、および競争の型
人事こそイノベーティブでなければならない
【著作紹介】
世界の経営学では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために、「経営理論」が発展してきた。
その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでも言うべきものが、約30ある。まさに世界の最高レベルの経営学者の、英知の結集である。これは、その標準理論を解放し、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめた史上初の書籍である。
本書は、大学生・(社会人)大学院生などには、初めて完全に体系化された「経営理論の教科書」となり、研究者には自身の専門以外の知見を得る「ガイドブック」となり、そしてビジネスパーソンには、ご自身の思考を深め、解放させる「軸」となるだろう。正解のない時代にこそ必要な「思考の軸」を、本書で得てほしい。
お買い求めはこちら
[Amazon.co.jp][紀伊國屋書店][楽天ブックス]
※1 やや専門的になるが、筆者の認識では、標準的な経済学では「技術はリソースではなく、生産関数の形状に対応する」ととらえることが多い。図表1で言えば、図内の曲線の形状がそれに当たる。他方、経営学では技術はリソースの一部と考える。すなわち図表1の横軸である。これは、経済学と比べて経営学の方が技術を所与として考えず、その変化や向上メカニズムに強い関心があるからかもしれない。では経営学にとって「図表1の曲線には何が相当するかは」は難しいところだが、本章後半で述べるケイパビリティがそれに近いといえるだろう。
※2 Barney, J. B. 1991.“Firm Resources and Sustained Competitive Advantage,” Journal of Management, Vol.17, pp.99-120.
※3 『世界標準の経営理論』では4本の論文に絞るが、他にも企業リソースの視点を発展させた論考は多くある。例えば、Rubin, P. H. 1973. “The Expansion of Firms,” Journal of Political Economy, Vol.81, pp.936-949. や Lippman, S.A. & Rumelt, R. P. 1982. “Uncertain Imitability: An Analysis of Interfirm Differences in Efficiency Under Competition,” Bell Journal of Economics, Vol.13, pp.418-438. そして Rumelt, R. P. 1984.“Toward a Strategic Theory of the Firm,” Competitive Strategic Management, Vol.26, pp.556-570. などだ。さらに「見えない資産」(invisible assets)を打ち出したItami, H. 1987. Mobilizing invisible assets, Harvard University Press.やコア・コンピタンス経営を主張した Hamel, G. & Prahalad, C.K. 1994. Competing for the Future, Harvard Business Review Press.(邦訳『コア・コンピタンス経営』日本経済新聞社、2001年)も重要だ。特に後者2本はBarney(1991)と並んで企業リソースの重要性を説いて実務家にも大きな影響を与えてきた。他方で、本章の焦点であるBarney(1991)の命題により直接結び付いているのは、本文で紹介する4本だと筆者は理解している。
※4 『企業成長の理論[第3版]』(ダイヤモンド社、2010年)
※5 ペンローズがRBVに与えた影響については、Rugman,A. M. & Verbeke, A. 2002. “Edith Penroses’s Contribution to the Resource-Based View of Strategic Management,” Strategic Management Journal, Vol.23, pp.769-780. を参照。
※6 Wernerfelt, B. 1984. “A Resource-Based View of the Firm,” Strategic Management Journal, Vol.5, pp.171-180.
※7 より正確には、このポイントは必ずしもそうとは限らないかもしれない。企業同士が異なるリソースを持っていても、結果として同じアウトプットをつくる可能性があるかもしれないからだ。これを「等結果性」(equifinality)といい、経営学でも議論が行われているが、本章の中心トピックではないので割愛する。詳しくは、例えば、注12で紹介する Priem & Butler (2001)等を参照。
※8 Barney,J. B. 1986. “Strategic Factor Markets: Expectations, Luck, and Business Strategy,” Management Science, Vol.32, pp.1223-1370.
※9 Dierickx,I. & Cool, K.1989. “Asset Stock Accumulation and Sustainability of Competitive Advantage,” Management Science, Vol.35, pp.1504-1511.