破壊的ではないイノベーターが備えている3つの視点
ESO (European Southern Observatory)
サマリー:ビジネス界では何十年にもわたって「ディスラプティブ」がキーワードとなり、イノベーションとほぼ同義と見なされてきた。しかし、筆者らは、非ディスラプティブな創造によって、他者や自身のビジネスを押しのけたり... もっと見る壊したりせず、新たな市場を創り出せることを発見した。本稿では、非ディスラプティブな創造に秀でた人が備えている3つの視点を紹介する。 閉じる

破壊的でない方法でもイノベーションは起こせる

 ビジネスと企業の世界では何十年にもわたって、次の3つの考え方が重視されてきた。まず、将来の可能性について検討するためには現状の分析が必要だという考え方。2つ目は、いまの時代、そして将来的にはさらに技術革新こそが市場の創出と成長のカギになるということ。そして3つ目は、人と群れず、聡明で、直観力に優れた起業家がイノベーションの中核を担う、という考え方だ。

 理にかなった考え方だろうか。もちろんその通りだ。ただし、これらはイノベーションと成長を生み出すために、第一に考えるべき視点ではない。これらの考え方を考慮すべきかと問われれば、もちろんイエスであり、さらに行動に移すべきでもある。だが、3つの視点は「馬車」のうちの「馬」というよりも「荷車」のような存在であり、まず先行すべきは「馬」である。

 筆者らは、それまで存在しなかった新規市場を生み出す人には、多くの点で従来の軸と異なる視点や心理状態が備わっていることを発見した。そうした視点は成長やイノベーション全般に当てはまるものではあるが、企業のリーダーがディスラプション(破壊)だけでなく、「非ディスラプティブな創造」にも機会を見出そうとする場面ではとりわけ重要になってくる。

 非ディスラプティブな創造とは、他者や自身のビジネスを押しのけたり壊したりすることなく、新たな市場を創り出すことを指す。その場合、企業が崩壊することも、雇用が失われることも、市場が破壊されることもなく、ビジネスと社会がともに繁栄できるようなイノベーションの道が切り開かれる。

 筆者らの調査が示すように、非ディスラプティブな創造は、これまで存在しなかった新規市場を創造できるという計り知れない可能性を秘めている。その一例が、スクエアがクレジットカードリーダーで開拓した10億ドル規模の産業だ。ほかにも、マイクロファイナンス、携帯電話アクセサリーから男性用化粧品、eスポーツ、ライフコーチング、5億ドル規模のペット用ハロウィンコスチューム産業まで、非ディスラプティブな創造によって生まれた新規市場は多数ある。

 本稿では、非ディスラプティブな創造に秀でた人が備えている3つの視点を紹介しよう。

心の中の脚本をひっくり返す

 初めに、ジャック・ドーシーが700億ドル規模の企業スクエア(現在は社名をブロックに変更)を設立した際の視点を振り返ってみよう。同社は、長年クレジットカード決済を採用できなかった個人やマイクロビジネス(農作物マーケットの出店者、フードトラック、ポップアップショップなど)向けに、クレジットカードリーダーという非ディスラプティブな新規市場を切り開いた。

 きっかけは、ドーシーの元上司(で後の共同設立者でもある)のジム・マッケルビーが吹きガラス製品を販売する際、顧客のクレジットカード決済に対応できないせいで販売のチャンスを逃している状況を目の当たりにしたことだ。吹きガラスは衝動買いで購入されることが多いため、次のチャンスが訪れないことは明らかだった。こうした経験をしているのは、マッケルビーだけではなかった。

 調査を進めるうちにドーシーとマッケルビーは、少額の買い物でクレジットカードやデビットカードを利用できれば、ユーザーに喜ばれることに気がついた。だがクレジットカード決済システムは、資金力が豊富で、大手小売企業向けにサービスを提供する企業に支配されており、個人や大半のマイクロビジネスはそうしたシステムから完全に締め出されていた。クレジットカード決済システムは高価なうえに複雑で、物理的にも扱いが面倒だったため、個人やマイクロビジネスがこの決済方式を採用したくても、ほぼ乗り越えられない障壁が存在したのだ。

 しかし、2人は現状に縛られて、本来目指すべきビジョンを見失うことはなかった。クレジットカード決済に対応できないせいで、個人やマイクロビジネスが売上げを失うような事態を繰り返してはいけないというビジョンを持ち続けた。

 同社が開発した「スクエアリーダー」は、携帯電話に差し込むだけで使用可能で、使いやすく、持ち運びも簡単だ。小売業者にはデバイスを使用した際のみ使用料が発生するため、マイクロビジネスやポップアップショップ、さらにはベビーシッターやアイスクリームトラック、便利屋などといった個人間の取引にとっても魅力が大きい。

 スクエアの取り組みは新たな市場を創造したが、壊したものは何もない非ディスラプティブなものだった。既存の商店やクレジットカードプロバイダーにもたらした混乱は、ほとんどない。その結果、スクエアは既存のプレーヤーからの大きな反発や衝突に直面することなく、10億ドル規模のビジネスに急成長を遂げた。

 何十年もの間、ビジネスや企業の世界では、未来像を描くに当たって現状を分析することが求められてきた。社会学的に言えば、構造と環境を優先して考えるべきだとされてきたのである。つまり、「これがチェス盤で、これが駒だ。この条件下で、どのようにプレーするのが最善だと思うか」という問いだ。

 一方、非ディスラプティブな創造を生み出す企業は、主体性を持ってリードする。チェス盤から始めるのではなく、現状に囚われず何ができそうか、何をすべきかを思い描く。脚本をひっくり返し、構造を優先する人が当然のものとして受け入れている事象すべてについて、率直に疑問を呈して再考する。

 彼らは「なぜダメなのか」「もしやってみたらどうなるのか」と問いかける。そうすることで、ほかの人の目に映らないものに気づき、ほかの人が疑問に思わないことに疑問を投げかけ、可能性のある選択肢とその実現方法を再解釈できるのである。