テクノロジーを手段と見なす

 いまの時代、人はたやすくテクノロジーに魅了される。多くの企業やスタートアップ創業者は、技術革新こそが市場創造への道だと考えており、成功させたい新規市場での提供物に何とか最新テクノロジーを組み込もうと必死になっている。シンプルに言って、消費者がその市場の価値に納得できない場合もあり、創り出そうとした市場が実現しないと、スタートアップ関係者は燃え尽きてしまう。

 ここから、非ディスラプティブなクリエイターに備わっている2つ目の視点が浮かび上がる。彼らは手段と目的を混同しない。テクノロジーを素晴らしい実現要因であると見なしている一方、最終的に非ディスラプティブな新規市場を生み出すのはバリューイノベーション(買い手に飛躍的な価値をもたらしてくれる革新)だと理解している。

 この指摘は、直感に反するように感じられるかもしれない。たしかに、非ディスラプティブなものであれ、破壊的なものであれ、テクノロジーは多くの市場革新において重要な役割を果たしている。だが、惑わされてはいけない。非ディスラプティブな新規市場の創造において、最新テクノロジーが重要な要因となるケースは多い一方、非ディスラプティブな新規市場が軌道に乗り、商業的に実現可能なものになるためには、何よりもまず、買い手にとってそうしたテクノロジーの価値がいっきに高まる必要がある。バリューイノベーションとは、需要行動を喚起し、実際の使用における真の価値を生み出す革新である。これはブルー・オーシャン戦略や破壊的な創造にも当てはまる。

 スクエアの事例のように、新たなテクノロジーによってバリューイノベーションが実現される場合もあるが、ライフコーチングやマイクロファイナンス、ペット用のハロウィンコスチュームのように、既存のテクノロジーを組み合わせたり、あるいはテクノロジーをほぼ、あるいはまったく使わなかったりして実現することも可能だ。

 ただし、私たちの生活や働き方にポジティブな変化をもたらすという点は譲れない条件となる。非ディスラプティブなクリエイターは、まずバリューイノベーションを考え、その後でテクノロジーについて考える。自分が提供できるバリューを飛躍的に高めてくれるものは何か、と自問するのだ。

 典型的な例として、ゼロックスのパロアルト研究所(PARC:2002年に独立組織として設立されたR&Dラボ)のケースを見てみよう。この研究所は、あらゆる電話やコンピュータで使われているグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)をはじめ、数々の技術革新を生み出してきたことで知られているが、どの発明も活かすことができなかった。それらの技術から、私たちが日々利用している製品が生まれたのは、マイクロソフトのビル・ゲイツとアップルのスティーブ・ジョブズが先見の明に満ちたリーダーシップを発揮してくれたおかげだった。

 同社は、GUIを含む多くの技術革新によって商業的な成功を収めることも、新しい市場や成長を直接的に生み出すこともなかった。ただし、ほかの企業が新規市場を創造する際に活用できるテクノロジーを多数生み出したのは間違いない。

 スティーブ・ジョブズとアップルは、まさにその先駆け的存在だった。ゼロックスPARCを訪れたジョブズは、GUIの可能性に感銘を受けた。そこで彼は同社の技術革新を巧みに取り入れ、ユーザーが理解しやすくて使いやすいシンプルで直感的なインターフェースをつくり上げることで、それを価値に結びつけた。これによってアップルはPCという新規市場を切り開き、のちにiPod TouchやiPhoneなど多くのモバイルデバイスに搭載されるiOSを生み出した。

 その後、ほかの企業もこれに続いた。この例からわかる指摘は、イノベーションと成長を追求するあらゆる場面に一般的に当てはまるが、非ディスラプティブ市場の創造にとってはとりわけ重要である。

少数ではなく、多くの人々の力を借りる

 イノベーションの父といわれるヨーゼフ・シュンペーターが起業家を持ち上げて以来、カルト的な起業家崇拝が続いている。シュンペーターの世界では、起業家の創造性や大胆さ、直感が、成長とイノベーション、新市場創出の中核的な原動力だとされている。シュンペーターによれば、起業家は大切にすべき稀少なリソースなのだ。

 この考え方から、非ディスラプティブなクリエイターが備えている3つ目の視点が明らかになる。非ディスラプティブなクリエイターも起業家や「クリエイティブ」な人を大切にしているが、彼らを過度に重視すると、それ以外の多くの人々の創造性や貢献を過小評価することにつながると認識している。そして結果として、人間の創造性やアイデアの広大な広がりが見過ごされ、評価されないリスクが高まってしまう。だが実は、それこそが業界の枠を超えた新たな問題を解決し、非ディスラプティブな創造を実現するために必要なものである。

 もちろん、すべての人が等しく創造的だというわけではないが、たいていの人は十分な創造性を備えている。市場を創造するイノベーション、特に非ディスラプティブな創造を実現するためには、創造性と革新性を広い意味でとらえること、そして、それらが普遍的に存在し、優れた起業家だけでなく、誰にでも貢献できることがあるという事実を受け入れることが重要だ。そうすることで、商業的成功の可能性を最大化できる。

 非ディスラプティブな創造を実現するためには、異なる視点とスキルを持つ人々のネットワークが欠かせない。つまり、新たに学ぶべきことと学び直すべきことは何か、ヒントがどこにあるのか、そのすべてをまとめて新たな提案を実現することに関して、アイデアを育み、洗練させ、集団として答えを見つけるために、そうしたネットワークが必要なのだ。適切な視点を共有し、それがどのように、そしてなぜ重要なのかを議論できれば、チームが一丸となって新しい市場や成長、非ディスラプティブな創造を生み出すために欠かせない創造的な文化を構築することができる。

 チームと自分自身に、次のように問いかけてみよう。

・私たちは構造を重視しているのか、それともエージェンシーを重視しているのか。
・私たちはテクノロジーを最優先に考えているのか、それともバリューイノベーションと、実際の使用価値の向上を大切にしているのか。
・アイデアや正解を少数の人だけに求めているのか、それとも多くの人の創造性を活用しようとしているのか。

 この3つの質問と3つの視点は、非ディスラプティブな新規市場を創造する際の考え方と努力の方向性を示してくれる。そして、あなたの会話や期待、行動に強力な影響を及ぼし、市場創造につながるイノベーションを生み出すための土台である、創造的な文化を確立する助けとなってくれることだろう。

※本稿はBeyond Disruption: Innovate and Achieve Growth Without Displacing Industries, Companies, or Jobs, Harvard Business Review Press, 2023.(未訳)からの抜粋を一部編集した。


"What Innovators Who Create New Market Do Differently," HBR.org, December 11, 2023.