なぜ従業員は自社の戦略を理解できないのか
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サマリー:多くの調査によると、成功した企業の従業員でさえ、自社の戦略を知らないと答える。これはリーダーが戦略を伝えることを怠っているからではない。従業員に戦略を伝える時、その文章で使われている言葉の意味や、なぜ... もっと見るこの戦略が選ばれたのかについて、従業員の理解を助けるコンテクスト(文脈)を示していないからだ。本稿では、従業員が戦略を理解できる文脈を示すために、リーダーが行うべき3つのことを紹介する。 閉じる

なぜ戦略は従業員に伝わらないのか

 あるパイロットが、1950年代に起きた飛行機事故について話をしてくれたことがある。早朝フライトのその機体は、離陸に向けて加速していた。航空機関士が不機嫌そうな顔をしているのを見て、機長は「元気を出せ(Cheer up)、ジョージ」と声をかけた。ところが、まだ眠気と戦っていた機関士は、「ギアを上げろ(Gear up)、ジョージ」と言われたのだと思った。そして、言われた(と彼は思った)通りに、ランディングギア(車輪)を格納する操作をしてしまった。まだ飛行機は離陸していないにもかかわらず、だ。たちまち飛行機は胴体が滑走路に接触して停止し、大きなダメージを被った。幸い、けが人はいなかった。

 このエピソードは、重要なことを物語っている。発言のコンテクスト(文脈)が不透明な場合や、当人同士の間で共有されていない時、伝達ミスや誤解が生じるリスクは大幅に高まるということだ。もしジョージが、機長の発言による話題が飛行機の操縦ではなく、自分の気分だとわかっていたら、その発言の内容を誤解する可能性は低かっただろうし、車輪を格納することもなかったはずだ。

 これは戦略とどのような関係があるのか。多くの調査によると、成功した企業の従業員でさえ、自分の会社の戦略を知らないと答える。経営陣が戦略を伝えることを怠っているのではない。ある調査によると、リーダーは従業員に戦略を説明するために、多くの時間と労力とリソースを費やしている。ジョージのエピソードは、一つの説明になるだろう。

 多くの企業のリーダーは、従業員に戦略を伝える時、その文章で使われている言葉の意味や、なぜ他の戦略ではなく特定の戦略が選ばれたのかについて、従業員の理解を助ける文脈を示していない。たとえば、「我が社の戦略のポイントは、統合モデルの恩恵を十分に活用することだ」という説明は、会社のビジネスモデルについて深く考えてきたリーダーにはよくわかっても、統合モデルとは何か、あるいはそもそもなぜそのモデルが選ばれたのかを知らない平均的な従業員には、ちんぷんかんぷんかもしれない。

 なぜリーダーは文脈を示さないのか。簡単に言うと、それは不可能だからだ。企業リーダーが戦略立案には付き物のさまざまな難しい選択をする時、競合他社や顧客、市場のダイナミクスについて大量のデータや情報をすでに吟味しており、さらに長年の経験で培ったみずからと他のエグゼクティブや顧問の判断を加味する。特定の決定に至るまでの暗黙知をすべて伝えることなど、とうていできない。したがって、自分の選択を完全に説明することはできないのだ。

 では、従業員が戦略を理解できるだけの文脈を示すために、リーダーは何をすればよいのだろうか。

1. 却下された選択肢を示す

 別の選択肢を採用しなかった理由を説明することが、最終的な選択の説明を助けることは多い。したがって、会社の戦略を提示する時は、他に検討した案を示し、それらが採用されなかった理由を説明してもよいだろう。米ミズーリ州セントルイスに本社がある証券大手エドワード・ジョーンズの例を考えてみたい。1980~2003年にマネジングパートナーを務めた故ジョン・バックマンは、同社の戦略を次のように説明した。