オフィスの膨大な文書処理をAIに任せる方法
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サマリー:1960年代以降、組織に押し寄せる膨大な文書の処理方法を模索する試みが続いてきた。現在、その最新の技術としてAIが活用されている。本稿では、医療保険会社における取り組みを事例として取り上げながら、紙の削減を... もっと見る目的としたプロジェクトに留まらず、あらゆるAI導入の取り組みにも応用できる5つの教訓を紹介する。 閉じる

事務作業にAIを活用する

 電話の利用が増え始めた1930年代、ベル・システムの経営陣は、極めて複雑なネットワーク上の課題が生じるようになり、従来の機械式スイッチでは対応できなくなると認識した。そこで彼らは、より高速で、より安価な代替手段としてトランジスタの開発を推進した。

 1960年代に「ペーパーレスオフィス」の概念が登場して以来、組織内の膨大な文書の流れに対応するため、これと似た取り組みが進められてきた。電子イメージング技術の発展により、増え続ける文書を処理する能力は飛躍的に向上した。しかし、組織内外で大量の紙の文書が依然としてやり取りされており、電子文書の作成、編集、処理もいまだに人間が主に担っている。

 こうした業務を担うことが期待されているのが、AI、特に大規模言語モデル(LLM)である。

 これがどのように実現されるのかを理解するために、筆者のうちの2人(ピーター・キャベリとバレリー・ヤクボビッチ)は、米国のある大手医療保険会社の取り組みを調査した。この会社は2024年秋、医療費の払い戻しプロセスの第1段階として、文書の整理と情報抽出を担うAIを導入した。保険部門の責任者が殺害され、世論の批判を浴びたユナイテッドヘルスケアとは異なり、この会社は保険請求の承認・却下を判断するためにAIを使用していなかった。

 調査の許可を得るにあたり、我々は企業名を明かさないことに合意した。実際の文書処理業務はデジタルサービス企業のリコーが現場で担当し、AI導入を主導した。筆者のうちの2人(ブラジ・タクールとアショク・シェノイ)が、このプロジェクトに深く関与した。

 このプロセスに含まれるタスクは、ユーザーとベンダー間で行われるほぼすべての情報交換と共通点が多い。そうした業務へのAI導入は、結果として膨大な時間と労力を要し、初期費用も莫大であることが判明した。

 我々は他のIT導入プロジェクトと同じようなプロセスを想定していたが、実際にはこの会社へのAI導入ははるかに複雑だった。しかし、技術的な問題は、ビジネスの文脈を理解する難しさに比べれば、よりシンプルであった。

 結局、AI導入は生産性の向上という形で実を結んだが、後述するように、高度なAIだけでは十分ではなかった。最終的には、新たなシステムにより、以前とほぼ同じ数の従業員で、より多くの文書を処理できるようになった。

 チームが編み出した解決策は、単なるAIツールの導入やトップダウン思考の結果ではなく、試行錯誤の末に生まれたものだ。それでも、そこには他の場面にも応用できる一般的な教訓が含まれており、本稿ではそれを掘り下げる。最大の教訓は、生成AIには情報処理の規模を拡大する力があるが、それを実現するためには人間の洞察が必要であり、それでもなお、人間のほうが適しているタスクは残るということだ。

文書処理の状況

 米国の医療保険業界は、1.5兆ドル規模の市場(保険料ベース)であり、約300万人を雇用している。この業界のビジネスモデルは、保険料を徴収し、請求に応じて保険金を支払うことで成り立っている。

 本稿で取り上げる組織は、政府系医療保険の手続きを運営している。中核となる業務は医療機関との書類のやり取りであり、その作業自体は他の保険業務や一般的な事務と大きく異なるものではない。