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戦略プランニングか
戦略クラフティングか
だれかが戦略を計画立案(プランニング)している様子を想像してみよう。ほとんどの人が、論理的に考えているさまを思い浮かべるのではないか。たとえば、オフィスで1人または数人の執行役員とそのスタッフたちが机を囲んで、行動の順序や進むべき方向について検討している姿である。そしてほかの人たちは、ここで決められた方向に従い、スケジュールどおり遂行することになる。
その前提は、理性、合理的な統制、競合他社や市場に関するシステマティックな分析、自社の強みと弱みに関する分析、そしてこれらの分析に基づいた総合的な判断に従って、明快かつ具体的、そして網羅的な企業戦略を策定することにある。
次に、だれかが戦略を創作(クラフティング)している様子を想像してみよう。前とはまったく違ったイメージが浮かんでくるだろう。すなわち、工芸制作が機械生産と異なるように、戦略クラフティングも戦略プランニングとは異なる。
工芸の世界は、長年来の伝統技能、一心不乱な姿勢、ディテールへのこだわりによって、初めて完璧となる。戦略クラフティングについて我々の心に浮かんでくるイメージは、思考や理性ではなく、むしろ長い経験、素材への愛着、バランス感覚といったものである。形成していくプロセスと実行するプロセスとが学習を通じて融合し、その結果、独創的な戦略へと徐々に発展していく。
私の問題意識は至極明快である。戦略は工芸制作のように創作されるというイメージこそ、実効性の高い戦略が生まれてくるプロセスを言い表しているのではないかというものである。
これまでの経営学の文献によれば、前者の戦略プランニングのイメージのほうが一般的だが、これは戦略が形成される過程を歪曲している。数々の組織がこれを何ら疑うことなく受け入れてきたが、その結果、誤った方向へと導かれてしまった。
私はこのテーマを展開するに当たって、ある一人の工芸家(陶芸家である)の創作プロセスを分析し、これをさまざまな企業における戦略形成プロセスについて数十年間追跡してきたプロジェクトの調査結果と比較してみようと思う(囲み「戦略形成プロセスの研究」を参照)。
ただし、これら2つの文脈はまったく異なっているため、私が用いる比喩も、またその主張もややこじつけに聞こえるかもしれない。とはいえ、工芸家を「一人だけの組織」と考えれば、彼または彼女も、マネジャー同様、挑戦しなければならないことがある。すなわち、戦略の方向性を見極めるために、おのれのケイパビリティを正しく把握することである。
戦略形成プロセスの研究
1971年、「戦略とは意思決定(のちには行動)プロセスに見られるパターンである」という常識から逸脱した定義にいたく興味を覚えた。そこで、マギル大学で研究調査プロジェクトを立ち上げ、その後13年間にわたって11の企業組織の戦略形成プロセスについて調査した。また学生たちも、このプロジェクト・チームほど詳細なものではないとはいえ、約20社について研究した。
チームが対象としたのは、以下の11の組織である。
カナダ航空(37~76年)、建築関連のアーコップ(53~78年)、アスベスト(37~75年)、女性下着メーカーのカナデレ(39~76年)、マギル大学(1829~1980年)、NFB(カナダ国営映画協会)(39~76年)、サタデーナイト・マガジン(28~71年)、中小の日刊新聞社のシャーブルック・レコード(46~76年)、大規模スーパーマーケット・チェーンのスタインバーグ(71~74年)、ベトナム戦争におけるアメリカ軍の戦略(49~74年)、フォルクスワーゲン(34~74年)である。
第1段階として、我々は、これらの組織で採用された重要な行動、たとえば店舗の出店や閉店、新しい方向性の設定、新プロジェクトの導入などについて時系列にリスト化し、各組織を一覧表にまとめた。
第2段階として、これらの行動群から特定のパターンを抽出し、これを戦略と称した。
第3段階では、我々が戦略と解釈したものをグラフにまとめた。その結果、各戦略がその組織の成長における重要な節目(たとえば、安定期、変動期、激動期など)に当たっているかどうかがはっきりした。
第4段階では、各組織における戦略の歴史のなかで、大きな変化を引き起こした主な要因を特定するために、各組織の人々へのインタビューと文献研究を実施した。
こうして戦略の歴史を詳述にまとめた後、チームは、戦略形成プロセスに関する結論を導き出すため、各組織の研究結果を比較した。これが最終段階である。
この際、次の3つのフレームワークを指標とした。すなわち、第1は「マネジメント、リーダーシップ、組織の三者の相互関係」、第2が「戦略転換のパターン」、第3が「戦略形成プロセス」である。したがって本稿は、我々調査研究チームの研究成果に基づくものである。
戦略をビジネスとする者たちが売り込んできたツールや手法を捨て去り、一人の人物の視点から戦略形成プロセスを分析することで、いろいろな事実が浮き彫りにされることだろう。一ついえることは、ここで観察する陶芸家がその制作過程を管理しなければならないのと同様、マネジャーも戦略を工芸的に創作していかなければならないということである。
陶芸家は作業場において、ろくろの上の粘土の塊を前に座る。むろんその心は粘土に向かっている。しかし同時に、自分が過去の経験と未来への展望との間に座していることを自覚している。過去にうまくいったケースとうまくいかなかったケースは忘れることはない。自分の作品、才能、顧客についてはもれなく承知している。ただし陶芸家である彼女は、これらについて分析するというよりも、むしろ感じ取っているといえるだろう。