変革型イノベーションを拡大させるために

 消費財メーカーのプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、消費者向け電子機器を展開するアップル、クラウドソフトウェアのアドビ──。こうした成熟産業で事業を営む大企業にとって、成長を続けることは永遠の課題である。買収による成長は常に選択肢の一つになるが、多くの企業はそのメリットよりもコストのほうが高くつくことにすぐに気づくだろう。

 市場リーダーの地位を確保するための唯一信頼できる方法は、「変革型イノベーション」として広く知られるものである。これは、製品やサービスの大きな変化を指す。すなわち、その性能や効果を大幅に改善したり、それまでになかった新しい価値を提供したり、長年つきまとっていたトレードオフを解消したり、あるいは製造コストを劇的に削減したりすることで、顧客が製品・サービスに期待するものを一新させてしまう変化のことである。P&Gのタイド・ポッド(ジェルボール型の洗剤)やアップルのiPod、アドビのサブスクリプション型ソフトウェアサービスなどがその好例だ。

 とはいえ、この種のイノベーションは、着想することが難しいだけでなく、それを実際に開発し、規模を拡大させることも極めてハードルが高い。変革型イノベーションのR&Dに投資している企業でさえ、素晴らしい顧客価値を提供できるはずのプロジェクトを、拡大させようとする段階で中止することはよくある。それは、スケールアップするのに必要な経営資源を投入する覚悟ができないからだ。一か八かでスケールアップに踏みきった企業でも、結果的に多くが失敗に終わる。

『双面型』組織の構築[注1]」や、「P&G:ニュー・グロース・ファクトリー[注2]」などの論文には、こうした開発面の課題を乗り越える方法の概略が示されている。すなわち、大企業はイノベーション部隊を中核事業から切り離すべきであり、中核事業の経営幹部は新しいイノベーション部隊との戦略的なシナジー効果を追求しつつも、インセンティブ制度や組織文化は分けて管理しなければならない、という内容だ。

 こうした双面型、いわゆる「両利きの組織」は、完全な一体型組織や徹底的な事業部独立型の組織と比べても、変革型イノベーションを達成するうえで90%も高い効果を持つことが研究で明らかになっている。ただし、両利きの組織体制ではイノベーションの規模を拡大するのが難しいこともわかっている。筆者らは企業のイノベーションを研究し実践する中で、両利きの組織における中核事業の部隊と変革型イノベーション部隊との間で、経営陣の関心や人材、資本といった経営資源の割り当てをめぐって苦労する企業をいくつも目撃してきた。

 こうした難しい問題への洞察を得るため、筆者らはP&Gの2つの変革型イノベーションについて詳細な調査研究を行った。一つは高性能電動歯ブラシのオーラルB iO(P&G傘下ブラウンの製品)で、これは消費者の歯磨き習慣を一変させ、よりよい口腔ケアを可能にした。もう一つは生理用ナプキンのオールウェイズインフィニティで、着け心地と吸収力という長年のジレンマを解消した。

 この2つの製品は、性質こそまったく異なるが、どちらも会社全体の事業運営に大きな影響を与える投資を必要とし、競争の激しい成熟市場で大きな成功を収めた。iOもインフィニティも、消費者に変革型の体験をもたらしたことで、高価格を維持できたうえ、それぞれの製品カテゴリーを拡大した。

 この2つの実例は、過去のそれぞれ異なる時点におけるP&Gの戦略、およびイノベーションの取り組みに基づくものだ。インフィニティの発売は2008年、iOの発売は2020年である。現在のP&Gの戦略、およびイノベーションの取り組みは、当時よりさらに進化している。それでもなお、同社のような大規模で複雑な組織が変革型イノベーションを生み出すために、いかにして粘り強い挑戦を続けたのかを調査することは、さまざまな業界のマネジャーにとって参考になるだろう。そして、イノベーションの取り組みに関する知識をさらに広げられるはずだ。