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中国企業の著しい進歩を「様子見」していないか
「後悔の最小化」という正式なビジネス戦略の概念はないものの、これは意思決定に役立つ思考法だ。グローバルな自動車メーカーほど、それを身に染みて理解できる業界はないだろう。
2011年に、イーロン・マスクが中国の自動車メーカーBYD(比亜迪)の車を凡庸だと笑い飛ばしたというのは有名な話だ。記者からBYDが将来のライバルになる可能性を示唆されると、マスクは「BYDの車を見てそう言っているのかい」と聞き返した。当時、そう思っていたのはマスクだけではなかった。新興の電気自動車(EV)市場において、BYDは野心的だが結局のところ、取るに足らないプレーヤーと見なされていた。
時は流れて現在、BYDは世界有数のEVメーカーとしてテスラと肩を並べる存在となった。BYDは2024年第4四半期の世界自動車販売台数と年間生産台数でテスラを追い抜き、年間世界販売台数も僅差に迫っている。
2023年初頭、中国への出入国が再び可能になった際、筆者は欧州の自動車メーカーのエグゼクティブの派遣団に同行し、コロナ禍以来となる中国への入国を果たした。北京の街を歩くと、その変貌ぶりは目を見張るものがあった。道路は、同行したエグゼクティブがほとんど認識していなかった中国自動車メーカーのEVで埋め尽くされ、騒音はほぼ聞こえなかった。
最悪だったのは、その車が多くの面で目を見張るような代物だったことだ。価格、ユーザーインターフェース、IoT(モノのインターネット)の統合、充電1回当たりの走行距離、設計全体など、あらゆる点において優れていた。市場に参入してからわずか数年で、「中国向けとしてはよい」車から、条件つきの評価ではなく純粋に優れた車へと進化したのだ。欧州のリーダーがここで目の当たりにした車の品質は、1年後、フォード・モーターのCEOをして「中国の基準に対応することが、目下の最も重要な優先事項になる」と言わしめたのである。
その夜のディナーで派遣団の面々は昼間の見聞を振り返っていた。その中の一人が、本社に矢継ぎ早にメールを送信していた。何と書いたのかと問われ、いま直面している困難がどれほどのものかを伝えようとしたと、彼は答えた。「まったくの想定外でした」と彼は筆者に言った。BYDはまだ自国市場では注目されておらず、コロナ禍の規制方針の下では市場を直接、視察できなかったこともあり「半信半疑の状態だったのです」と述べた。
2023年に自動車業界でBYDや他の中国のEVメーカーの成功にショックを受ける人がまだいるということ自体、はっきり言って驚きである。もう何年もの間、さまざまな数値がこの展開を物語ってきたからだ。警鐘は鳴らされていたうえ、データも入手できた。だが残念ながら、筆者が同行したエグゼクティブたちは、市場リポートも自社の中国拠点の同僚の訴えも理解していなかった。結局、車で埋め尽くされているにもかかわらず騒音がほとんど聞こえない北京の通りを見ないとわからなかったのだ。そしてエグゼクティブがこの光景と中国のEVの変貌を目の当たりにした時には、すでに手遅れだった。
非常に多くの業界のグローバルエグゼクティブが、同じ轍を踏むリスクにさらされている。たとえばAI、半導体、製薬、蓄電池、ドローン、医療テクノロジー(メドテック)の業界がそうだ。自国の市場で中国製品を実際に目にするようになるまでは、なかなか真剣に取り合わない。しかし関税や地政学、中国の世界進出のアプローチの進化を踏まえると、こうした「様子見」戦略を取る企業は、この状況の向かう先に気づくのが最も遅くなる可能性が高い。自国の市場で中国製品を目にする頃には、その多くはすでにグローバルな成功を収めているだろう。BYDはその好例である。ほとんどの米国人にとって聞いたことがない企業だが、多くのグローバル市場では最も人気の高いEVメーカーなのだ。
中国というと、「イノベーション」という言葉を思い浮かべがちだ。実際には、中国企業が商品をゼロから生み出して1にすることはあまりないが、1から10にすることにかけてはトップクラスといえる。誰よりも迅速に改良し、イテレーションを行い、規模を拡大し、運用に落とし込む。それは少なからず、極めて順応性が高く、要求が厳しい国民のおかげだ。過去に何度も中国は、この手で世界の意表を突いてきた。
中国で競い、グローバルに勝利する
何十年もの間、エグゼクティブは国内市場に参入した商品や半年ごとの海外視察に基づいて、競争を評価してきた。それが有効なアプローチだったからだ。新製品やライバル社がニューヨークやロンドン、ベルリン、東京に出現しない限り、現実の脅威とは見なさなかった。
このアプローチは、グローバル展開する際に米国や欧州市場を最優先していた時代には通用していた。ライバルが欧米に出現したら早期警戒システムが反応するので、その時点で対応すればよいと、エグゼクティブの意識に刷り込まれている。しかし、もはやそのような世界は存在しない。