なぜいま日本に「高く売る」戦略が必要なのか
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サマリー:日本企業が「品質のよいものを安く売る」というモデルから脱し、「価値あるものを高く売る」という高付加価値型の経営へと転換していくためにはどうすればよいか。重要なのは、企業の哲学や存在意義を社会に伝える「... もっと見るナラティブ」を構築することだ。そのナラティブ構築のカギは「歴史」にある。日本には豊かな歴史的資産が数多く存在しているにもかかわらず、それを十分に経営資源として活用できているとはいえない。本連載では、欧州企業の事例や経営理論を取り上げながら、日本が歴史を活かして高付加価値経営を実現する方法を探っていく。 閉じる

「安くて品質がよい」令和のメイド・イン・ジャパンのイメージ

 現在の日本は、歴史的な円安の影響もあり、「世界最高品質のものを、世界で最も安く売っている」と言っても過言ではない。しかしこのモデルは、はたして持続可能なのだろうか。適正な価値を設定し、十分な利益を確保できているだろうか。

 以前から、メイド・イン・ジャパンと言えば「品質がよい」というイメージがあった。これがいま、「『安くて』品質がよい」メイド・イン・ジャパンのイメージへと変容しつつある。たしかに、日本の製品やサービスは品質が高く、多くの消費者に信頼されている。しかし、その一方で、日本国内の生活水準は必ずしも向上しておらず、むしろ賃金の伸び悩みや労働環境の厳しさが指摘されている。もし製品やサービスが優れているのなら、なぜ日本企業は価格を上げられないのか。いまこそ、低価格戦略を考え直す時なのではないだろうか。

 消費者が高い金額を払ってでも製品やサービスを選ぶ理由の一つに、「その企業だから買いたい」という、企業への愛着がある。たとえば、環境や社会貢献への取り組みに共感したり、その歴史やブランドのイメージに魅力を感じたりすることが挙げられる。製品を身につけたり、サービスを利用したりすることが、その企業の価値観を体現する行為となり、それが消費者の精神的な満足へとつながる。つまり、企業がオンリーワンになることによって、消費者にとって他に代えがたい選択肢となるのだ。だからこそ、企業はみずからの価値を適切に伝えなければならない。

企業理念を高付加価値化につなげるには

 筆者は、みずからが創業した戦略デザインファームBIOTOPEにおいて、クライアント企業のビジョンや理念の策定を支援するとともに、それを事業戦略や企業ブランディングへと実装するプロセスも手がけている。その中で直面する課題の一つが、策定したビジョンや理念をどのように製品やサービスの高付加価値化へとつなげるか、というテーマである。

 特に大企業で見られる傾向だが、理念やビジョンを策定しても、結局、事業全体の変革には至らないことがよくある。理念策定の目的が、従業員のエンゲージメント向上や、新規事業の立ち上げに置かれているのだ。多くの企業はパーパスを策定すると、次の展開としてイノベーションプロジェクトの立ち上げへと進む一方で、既存商品の販売戦略には手をつけない。それが「理念をつくっても結局絵に描いた餅で終わっている」という、昨今よく耳にするパーパス経営に対する批判へとつながっているのではないだろうか。

 企業のパーパスやビジョンなどの理念は、単に掲げるものではなく、事業そのものの競争力を高めるものであるべきだ。これまでのところ、パーパス経営は主に従業員のエンゲージメント向上の文脈で語られてきたが、これからの企業経営においては、理念を掲げ、それを社員に浸透させるだけでは不十分である。本業の持つ本来の価値を引き出し、それを市場で適切に評価される形へと昇華させることが求められる。また、企業が提供する製品やサービスの価値は、単に技術力の高さや品質のよさだけで決まるわけではない。どれだけ優れた技術を持っていても、それだけでは市場における競争力として十分とはいえない。

 では、何が競争力を左右する新たな要素となりうるのか。筆者が思う機会は、その企業が培ってきた歴史や思想を、製品やサービスに組み込み、伝えていくかという取り組みの中にある。実際に、BIOTOPEが伴走するクライアントの中には、企業のあり方を再定義することで、製品やサービスの価値を高めている企業が存在する。

  現在進行中の事例を一つ紹介しよう。ある地方で工務店を営む中小企業は、日本の大工職人の技術力を活かし、美しい家をつくることに定評がある素晴らしい商品力を持っている。しかし、当初は自社の理念やビジョンを明確に言語化できておらず、「高い技術で質のよい家を建てる」以上の価値を顧客に伝えきれていなかった。そのため、競合との差別化が十分にできず、顧客にとって「なぜこの工務店を選ぶのか」が明確でなく、高価格での販売が難しい状況にあった。