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交渉の失敗をいかに糧とするか
米国の大学アメリカンフットボールのコーチとして、史上最多勝利記録を持つニック・セイバンは、「失敗を無駄にするな」という言葉が口癖だ。事実、失敗は学びに欠かせない要素である。ほとんどの人は、人生や交渉における成功を好ましく思い出せるが、みずからが犯した過ちは心に深く刻み込んでいる。では、どうすれば失敗から確実に学ぶことができるのか。
筆者は、長年にわたり交渉に携わるとともに、交渉の訓練や教育、助言を提供する中で、一般的に、交渉の失敗に対する反応は3通りあることに気がついた。自分のエゴや評判を守るために、相手を非難して、自分の失敗を反省したり、そこから学んだりする機会を逃す人もいる。あるいは、自分の失敗に落胆しすぎて、大きな不安を抱き、2度と交渉を担当したくないと思う人もいる。失敗の経験をバネに成長するのではなく、萎縮してしまうのだ。だが、最も賢い交渉人は、一歩下がって、失敗を認め、何がまずかったのか理解し、将来もっとうまく交渉できるようになることに時間とエネルギーを費やす。
筆者は近著Getting Back to the Table(未訳)で、この第3のタイプの交渉人になるための枠組みを示した。まず、自分が経験しうる失敗のタイプを理解し、失敗した理由や、それがどのくらい大きな影響を及ぼすか理解しよう。そのうえで5つのステップを踏むことにより、カギとなる教訓を得て、できれば交渉のテーブルに戻り、交渉力を高めよう。
失敗のタイプ
交渉決裂にはさまざまな形がある。自分のミスから学ぼうとする時は、状況分析から始めることが重要だ。筆者の研究で明らかになった失敗のタイプは7つある。
1. 故意の失敗(賢い失敗)。具体的な交渉に入る時点で、すでに失敗を覚悟しながらも、次に交渉に戻ってきた時、役立つことを学べると予想できる場合がある。失敗が成功の踏み石となるプロセスだ。
2. 合意できたのに結果的に合意しなかった。合意は目前だったのに、別の理由(情報共有の欠如、お互いに不快感を与え合う、現実でなく思い込みで行動するなど)から、どちらも歩み寄れない場合がある。
3. 交渉の目標、利益を達成できない。両当事者が交渉前に定めた目標に可能な限り近づくのではなく、最適とはいえない合意をしてしまった時に、生じる失敗。当初の目標に可能な限り近づけないなら、交渉のテーブルを去った方がよい。重要目標を満たさない合意は失敗だ。
4. 相手方との関係を傷つける合意を結ぶ。目標を達成できても、その過程で相手方との関係が傷ついた場合も問題だ。将来、同じ相手や組織とやり取りをする必要がある場合は、なおさらだ。
5. BATNA(Best Alternative to Negotiated Agreement、バトナ)以下の合意に達する。交渉開始前に、交渉による合意未満の最善策(BATNA)、または交渉決裂オプションを理解しておく必要がある。この部分を徹底的に分析せず、それ以下の条件で合意してしまうのは失敗だ。
6. 感情的に下手な失敗。一人以上の交渉人が感情に飲まれて、交渉を決裂させた場合。
7. 見えない要素による失敗。この失敗は、交渉にさりげなく影響を与える隠れたダイナミクスや形のない要因に両当事者が気がつかない時、生じる。こうした問題は明白でないことが多く、交渉の話題にならないが、両当事者の態度を膠着させたり、もっと悪い状態に追いやったりする。
自分が経験した失敗がどのタイプに該当するか把握したら、それがどの程度の失敗かも検討しよう。単なる後退で、すぐに取り戻せるのか。交渉再開に努力を要する深刻な失敗か。それとも壊滅的な大失敗で、関係改善の望みは乏しいのか。
3つのシナリオのうち第1および第2のシナリオの場合、自分の受けたダメージを冷静に分析して、そこから学習して、交渉のテーブルに戻り、交渉の継続を図れるはずだ。第3のシナリオでも、自分と相手方がどこで失敗したかを研究し、その教訓に注意を払えば、今後の方向性についてオープンな姿勢を保ち、その学びを別の状況に応用できるだろう。
5つの改善措置
1. 現実をありのままに認める
多くの人は、交渉が決裂し、目的を達成できない可能性があることを内心知っているが、いざそれが現実になると認めないことが多い。だが、先に進むためには、冷酷な事実に向き合うことが重要だ。数年前、筆者がある非営利団体で働いていた時、ある大口寄付者から寄付を得ようと努力したことがある。それを断られた時、いら立った筆者は、すぐに別の寄付者に直談判したが、やはり断られた。この時、同僚が少し立ち止まって、一連の失敗の痛みを受け止めるよう促してくれた。すると頭がクリアになり代替案、つまりより有効なアプローチを考えられるようになった。おかげで、その次の交渉は成功した。
2. 深く掘り下げて、何がどのようにして起こったかを分析する
全体像を見て、失敗の最大の原因を明らかにしよう。そのうえで、詳細を検討して、戦術や決定的な場面、そして進捗を妨げた自分と相手方の行動を考えよう。
たとえば、ある不動産業者が、好みのうるさい夫婦の新居探しを手伝っていたとする。一年ほど経って、ようやくその夫婦の気に入る家が見つかり、入居を申し込んだ。ところが詳しく調べてもらったところ、その家は屋根の張り替えが必要であることがわかり、夫婦は購入を躊躇した。不動産業者は、その夫婦が大局的な状況を把握し、動きの速い売り手市場で契約をまとめられるように、その家を現状で購入することを提案した。「せっかく気に入った家が(他の人に)買われてしまうことが心配です」と声をかけた。「気に入った物件に出会うまでに、非常に長い時間がかかりましたよね。ですから、この家を買って、修理は必要経費と考えてはいかがでしょう」。ところが、この夫婦は納得するどころか、家探しに長い時間がかかったことに不快感を抱き、腹を立てて、不動産業者が夫婦の最善の利益よりも、早く売ることを優先していると文句を言った。そして、もう彼の助言は得たくないとして、不動産業者を変えてしまった。この例では、重要なやり取りが失敗の原因となった。
3. 将来の交渉にどのような教訓を応用できるか考える
私たちは往々にして、ある状況で何がうまくいったのか、あるいはうまくいかなかったのかを学ぶことが、別の状況で(ダイナミクスが大きく異なる場合でも)役立つと考える。したがって、交渉中に失敗した側面をよく観察し、新たな交渉に直面した時、深く分析して、以前の経験と似ている部分や異なる部分を把握して、自分のアプローチを適応させる方法を検討することが重要だ。言い換えると、この評価プロセスによって、過去の交渉経験に囚われ、結果的に道に迷うようなことにならないよう注意しよう。
4. 失敗に寄与した自分の弱点を見極めて是正する
交渉人としての自分をよく見つめて、自分の成長を妨げている振る舞いを捨て去り、より生産的な新しいスキルを身につけることに積極的に取り組もう。この考え方は、経営学の第一人者であるピーター・ドラッカーの「新しいことをするためには、古いことをやめる必要がある」という哲学にならったものだ。
たとえば、譲歩に前向きな姿勢は、ポジティブに受け止められるが、次善の結果をもたらすことが多い。あるプロジェクトマネジャーが、自分が監督する仕事の締め切りを1カ月伸ばしてほしいと、上司に頼んだとしよう。ところが上司がそれは不可能だと説明すると、では2週間ではどうかと、プロジェクトマネジャーは提案する。上司と自分の要求の中間点だが、どちらのニーズにも合わないため、この交渉は失敗となる。そうではなく、このプロジェクトマネジャーと上司が、クリエイティブな解決方法を取るとどうだろう。プロジェクトマネジャーが1カ月期限を伸ばしてほしいと頼んだ時、上司がその理由を聞く。すると重要なチームメンバーに休暇を許可してしまったのだが、その後、予期せぬ問題が生じてしまった。休暇の許可を撤回して、自分の信頼性を傷つけたくないと説明する。それでも上司は期限をずらすことはできないが、プロジェクトを期限内に完了できるように助っ人を加えることを提案すると、プロジェクトマネジャーは容易に同意できる。
5. 自信を持ってテーブルに戻る
再交渉が可能な場合は、あなたが先に行動を起こす必要がある。新しいディスカッションに備えて、それまでに学んだことをよく考え、今回は異なるアプローチを取ることを決意しよう。もしかすると、前回は論理を振りかざして説得しようとしたけれど、感情に働きかけて相手方の不安や懸念を和らげようとするほうが効果的だと気づくかもしれない。
これらの5つのステップを踏むことにより、自分がなぜ失敗したかを理解し、その経験から学べば、交渉のテーブルに戻る可能性を最も高めるだけでなく、レジリエンスを身につけて、将来の交渉に成功する態勢を整えることができる。
"How to Learn from a Failed Negotiation," HBR.org, March 18, 2025.