国際的な倫理基準が揺らぐ時代に、企業はどう行動すべきか
Illustration by Klawe Rzeczy
サマリー:世界的に企業の倫理的行動への圧力が強まる一方で、規制や政治情勢の違いにより、企業やリーダーは難しい判断を迫られている。こうした現実と潜在的な危機を乗り越えるには、意識的な取り組みと発信が不可欠だ。本稿... もっと見るでは、手遅れになる前に倫理的課題に対処するために、経営陣が取るべき3つの戦略を紹介する。 閉じる

手遅れになる前に、どのように倫理的課題を乗り越えるか

 この10年ほど、法規制とステークホルダーからの働きかけにより、企業やその経営者に誠実なビジネスを行うことを求める圧力が世界的に強まっている。貿易や輸出関連法のように規制当局に求められるものや要件が一律でない場合もあるが、昨今は企業の行動の倫理的側面が政治的な問題になりやすく、企業や経営者は地雷原の真っただ中に立たされている。

 たとえば、米政府は最近、贈収賄関連の法律の執行を「一時停止」すると表明したが、EUはより厳格な基準を目指して汚職防止に関する発令の準備を進めている。人権関連のトピックでも、似たような相違が見られる。EUが最近、取締役会におけるジェンダーバランスの確保に向けた法令を導入したのに対し、米国は政府内外の多様性プログラムを強行に否定する姿勢を強めている。

 贈収賄関連法の執行や企業責任といった倫理的課題をめぐる合意が崩壊しつつあるなか、コンプライアンスや法務部門のリーダーは、従来通りの方針を維持するよう訴えるかもしれない。一方、ビジネス部門からは、規制が緩く、法制度の先行きが不透明ないまだからこそ、思い切ってリスクを取り、市場競争力を確保すべきだという声が上がる可能性もある。

 こうした相反する動きは、困難な現実に真正面から向き合うようリーダーたちに促す警鐘であり、正しい判断を下さなければ、財務的損失や評判の失墜といったリスクが生じる。

 企業にとってのリスクが甚大であることは、すでに明白だ。2015年に発覚したフォルクスワーゲンの排出ガス不正問題は、同社の評判に深刻な打撃を与え、和解に数百億ドルのコストを要した。エリクソンも2019年の贈収賄スキャンダルによって株価が下落し、重い刑事罰を科された。

 こうした現実と潜在的な危機を乗り越えるには、意識的な取り組みと発信が必要になる。手遅れになる前の段階で、これらの倫理的課題に対処するためにはどうすればよいのか。本稿では、経営陣が取るべき3つの戦略を紹介する。

1. 自社の真の価値観を理解し、それが実際に機能するかを検証する

 規制や地政学的状況が複雑に変化する環境では、組織の価値観が実際に機能するかどうかを検証する取り組みが、これまでにないほど求められている。たいていの組織はウェブサイトやイントラネット上に自社の価値観を掲げているが、それが組織のあらゆるレベルの日々の意思決定の指針となっていなければ、「絵に描いた餅」に終わってしまう。

 筆者らは世界各地の経営幹部チームと対話を重ねてきたが、その際、意思決定者の多くが自分は健全な企業の価値観に基づいて行動していると頻繁に語っていた。ただし、研究によれば、意思決定者にはみずからの倫理観を過大評価する傾向があり、自身の判断の根底にある真の価値観や経済的動機を正しく認識できていないことが明らかになっている。さらに深刻なことに、中間マネジメント層は、自社のリーダーが倫理観と誠実さに基づいて行動しているという確信を持てていない

 自社の掲げる価値観が、不確実な法規制にも耐えうる倫理的な意思決定を促すものかどうかを見極めるために、経営陣は、小グループでの議論、アンケート調査、地域別や機能別の評価などを活用して、自社のチームと積極的に対話を行うべきだ。その際には、以下に示すように、既知の事柄だけでなく、言語化されていない内容についても議論を引き出すような問いを投げかけよう。