「戦略疲れ」の弊害と、リーダーが取るべき4つの行動
HBR Staff/DNY59/Getty Images
サマリー:「戦略疲れ」は、近年ますます深刻化している組織課題である。戦略の方向転換がかつてない頻度で繰り返されるなか、多くの企業で優秀なマネジャーが疲弊し、離職に至っている。経営幹部1,284人を対象とした調査では... もっと見る、85%のシニアリーダーが過去5年間に変革プロジェクトが「爆発的に増加した」と実感しており、戦略疲れがもはや一部の企業だけの問題ではないことは明らかだ。こうした事態を防ぐには、経営トップが「新しい戦略アイデア」を安易に現場へ押しつける前に、みずからに戦略的な規律を課す必要がある。本稿では、戦略疲れを防ぎ、組織の持続的な成果につなげるためにリーダーが実践すべき4つの具体策を紹介する。 閉じる

過剰な方針転換は従業員の疲弊を招く

 新興のハイテク企業で財務責任者を務めるセシリーは、CEOが会議から戻るたびに起こる典型的な出来事について語る。「彼女はいつも『素晴らしいアイデア』を持ち帰ってくるのです。そしてしばらくの間、私たちはその実現に向けて懸命に取り組みます。けれどもたいてい、彼女の関心はすぐに別の魅力的な新しいアイデアへと移ってしまい、その構想は立ち消えになってしまうのです」

 セシリーが直面しているのは「戦略疲れ」と呼ばれる現象であり、近年その傾向が強まっている。最近の研究では、戦略の方向転換が以前にも増して頻繁に行われていることが示されている。経営幹部1284人を対象とした調査によれば、シニアリーダーの85%が、過去5年間に変革プロジェクトが「爆発的に増加した」と実感している。ガートナーのレポートによると、平均的な組織は過去3年間に全社的な大規模な方針転換を5回行っており、回答者の約75%が、いま後3年間でこうした主要施策の数がさらに増加すると見込んでいる。

 戦略疲れは、いわゆる「変革疲れ」とは異なる。変革疲れは、業務プロセスの頻繁な変更によって引き起こされるものであり、人々の働き方に関する変化の多さに起因する。これに対して戦略疲れは、組織の戦略的な方向性がたびたび、しかも場当たり的に変更されることで生じる現象である。

 リーダーが優先事項を次々と変えるような状況では、従業員は企業の目的や目標を理解しづらくなり、結果としてリーダー自身が何をしているのか分かっていないような印象を与えてしまう。首尾一貫した進展が見られないと、組織内には不確実性が生まれ、それが従業員の自信を奪うことにもつながる。戦略疲れは特定の業種や規模に限らず、意欲的なスタートアップから大企業、さらには公的機関に至るまで、あらゆる組織に影響を及ぼしうる。

以下に、その具体例を2つ紹介する。

・方針転換を繰り返すハイテクスタートアップ

 冒頭で紹介したハイテク企業のCEOは、前のアイデアが浸透する前に突如として方針を変え、新たなアイデアを追いかけることで、業績に悪影響を及ぼしている。初期の段階では、このアプローチによって活気と高揚感が生まれたが、次第に従業員は、目まぐるしい変化に不満を募らせるようになった。ある月には国際展開が最優先事項となったかと思えば、それが翌月には明確な理由もなく新製品開発に方向転換された。生産性は混乱に取って代わられた。

 ある元チームメンバーは「CEOが限界に達し、会社も同様に行き詰まった」と語っている。これは戦略疲れが最も深刻な形で表れた例である。リーダーが成功へ至るまで方向性を維持できないことで、有能な人材が本来の力を発揮できなくなってしまったのだ。

・戦略的方向性を翻し続けるファッション企業

 ジェニファーは、高級婦人服、バッグ、アクセサリーを扱う企業でシニアアカウントマネジャーを務めていた。彼女は「卸売(B2B)を通じた国際事業の拡大」を任務として採用され、それを実現するための重要かつ複雑な方針を策定していた。しかし、わずか2年後、CEOの方針の迷走によって戦略疲れに陥り、彼女は退職した。

 CEOがなぜ方針を頻繁に変えるのかを尋ねると、ジェニファーは「CEOは小売業の経験がなく、大手戦略コンサルティング会社の出身で、業界知識に乏しかった」と語った。CEOは一貫した計画を維持できず、「3カ月ごとに戦略を変更」していた。国際展開から小売り(B2C)への注力、店舗の拡大、特定製品への別ブランドの適用まで、取締役会が承認すればどのような案でも採用された。ジェニファーによれば、「CEOはいつも、非現実的な業績目標を達成するための特効薬を探し続けていた」が、いずれも成果には結びつかなかった。最終的に、ジェニファーが退職してから1年後、CEOは解任された。

「戦略疲れ」への対処法

 あまりに多くの取り組みを同時に進めたり、明確な理由もなく頻繁に方針を切り替えたりすると、集中が損なわれ、戦略疲れが引き起こされる。では、どのようにしてこれに対処すべきか。リーダーにとって、これは一種の内面的な駆け引きである。魅力的な新しいアイデアに対する反射的な反応を、冷静な検証プロセスに通す必要がある。

選別基準の設定

 新しいアイデアやプロジェクトが自社の戦略的方向性に沿っているかどうかを評価する、明確な選別基準を設けること。基準に合致しないものについては、断るか、延期する判断を下すべきである。

 たとえば、スティーブ・ジョブズはアップルに復帰後、製品ラインアップを徹底的に見直し、既存モデルの70%を廃止して、主力製品に焦点を絞った。この断固たる行動により業務が合理化され、従業員はイノベーションに集中できるようになった。のちに登場したiMac G3は、この新たな重点を象徴するものであり、商業的に大きな成功を収め、アップルの市場での地位を回復させるきっかけとなった。

 当時、シリコンバレーにはテクノロジー関連のビジネスチャンスがあふれていたが、ジョブズはシンプルで洗練された少数の大ヒット製品に絞ることで、戦略の一貫性を保つ道を選んだ。

データ主導のスコアリング手法を活用する

 インパクトと実現可能性に基づいてアイデアをランク付けする、データ主導の評価手法を取り入れるべきである。「加重スコアリング」や「価値対労力マトリックス」といった手法は、必要なリソースとのバランスを踏まえて、アイデアのビジネス価値を定量的に評価するのに役立つ。

 たとえば、ネットフリックスは、「イノベーションの成果による優先順位づけ」(Prioritization by Innovation Outcome:PIO)というフレームワークを用いている。これは、顧客の利用データ、市場調査、財務指標を活用し、製品イノベーションの潜在的な影響を評価するものである。

 また、「RICE」(リーチ、インパクト、確信度、労力)といったスコアリングモデルを用いて製品を体系的に評価し、優先順位をつけることで、影響度の高い施策に開発リソースを集中させている企業もある。構造化された手法を取り入れることで、企業は戦略疲れを回避し、市場での競争力を維持できる。

概念実証実験の導入

 企業が戦略疲れに陥る理由の一つに、「次なるブーム」に乗り遅れることへのおそれがある。その結果、一つでも成功すればという期待のもと、数多くのプロジェクトに同時に着手してしまう。より賢明な方法は、「概念実証」(Proof of Concept:PoC)のアプローチを導入することである。これは、大規模なリソースを投入する前に、アイデアの実現可能性を検証するための小規模な試験である。

 たとえば、ソフトウェア開発においては、PoCを通じて新製品の機能性やユーザーニーズとの整合性を評価し、実現可能なソリューションのみが本格的な実装に進むようにする。このアプローチには二つの利点がある。第1に、裏づけのないベンチャー案件に組織全体が巻き込まれることを防ぐことができる。第2に、「検証して学ぶ」というマインドセットを促進し、革新的な企業文化を維持できる点である。

一元的で可視性の高いパイプラインを維持する

 戦略疲れを回避するためには、通常業務以外のすべての取り組みを記録・管理し、追跡可能なアイデアやプロジェクトのパイプラインを維持することが重要である。これにより、進行中のアイデアの全体像を可視化でき、重複または競合する取り組みを回避することができる。

 このリストを上級幹部と定期的に見直し、優先度の低いプロジェクトを削除または整理することが望ましい。多くの組織では、進行中のプロジェクトや変革施策をすべて洗い出すことで、その数の多さに驚かされ、優先順位の高い取り組みを成功させるために一部を中止または延期せざるをえなくなる。

 このようなバランスを維持するために、主要プロジェクトにおいて「ワンイン・ワンアウト」(一つ採用したら一つ終了させる)といったルールを導入している企業も存在する。プロジェクト追跡システムを構築することで、プロジェクトの優先順位が明確になるだけでなく、責任感と集中力のある組織文化の醸成にもつながる。

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 不確実性の高いビジネス環境下では、多くの組織が「取り組みを増やせば成功の確率が上がる」と誤解し、受動的な戦略に陥りやすい。しかし、戦略的優先事項を無計画に増やし続けることは、重大な代償を伴う。戦略疲れは、組織の力を知らぬ間に蝕み、従業員のエンゲージメントを損ない、成果を鈍らせる。

 こうした事態を避けるためには、新たな戦略的取り組みに対して慎重なフィルターをかけることが不可欠である。そうすることで、組織は再び活力と目的意識を取り戻すことができる。従業員のエンゲージメントは再び高まり、組織全体がその成果を享受することになるだろう。そして、人を疲弊させるものではなく鼓舞する熟慮された戦略は、企業に成果をもたらすだろう。


"How to Prevent Strategy Fatigue," HBR.org, April 04, 2025.