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ラグジュアリー企業に見る理念起点の経営モデル
本連載ではこれまで、ラグジュアリーブランドの経営に内在する思想や哲学に着目し、それがいかにして高付加価値の源泉となるかを探ってきた。価格競争や機能訴求に頼らず、「どのような価値観を提示するか」に重きを置く姿勢は、これからの時代のブランド戦略にとって大きな示唆を含んでいる。
筆者はプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)でマスマーケティングに携わってきた。その視点からラグジュアリーブランドのマーケティングを見ていくと、両者のマーケティングやブランディングの考え方には、根本的な違いがあるように感じられる。
マスマーケティングでは、マーケットリサーチを起点に、市場ニーズに応える形でより優れた機能を競合他社よりも効果的に提供していくことが重視される。それに対して、ラグジュアリー産業においては、競合他社をベンチマークとするのではなく、自社の思想や哲学、時代観に根ざした未来のイメージを起点に、ブランドの感性に基づいたナラティブを提供していく。
マーケット=WHO、提供価値=WHATという枠組みで捉えるならば、マスマーケティングは「WHO」、すなわち市場ニーズを出発点としたアプローチであるのに対し、ラグジュアリーマーケティングは「WHAT」、すなわちブランドのあり方や思想を起点にしたストーリー価値を構築する。その発想の差が、両者の根本的な違いを生み出しているのではないかと考えている。
筆者自身はラグジュアリー業界の出身ではないが、現在進行形で、企業の確固たる理念や哲学を商品に落とし込み、ブランド価値を高めようとするカルチャープレナー(文化起業家)たちに伴走して仕事をしている。そのプロセスを間近で見ているからこそ、ラグジュアリーブランドの経営には学ぶべき点が多く、実践に転用できる知見が数多く存在していると実感している。
そうした中で、世界中のカルチャープレナーたちが強い関心と尊敬のまなざしを向けているのが、イタリア発のファッションブランド「ブルネロ クチネリ」である。同社は「人間主義的経営」を掲げ、Show off=見せびらかし、というラグジュアリーの旧来的な価値観に対して、人間の尊厳や精神性といった内面的な価値を重視する、新しい時代のラグジュアリーブランドの姿を示しており、そのナラティブによって「文化価値」と「高い経済価値」を両立している。
本稿では、ブルネロ クチネリがどのように理念を起点に、商品設計や組織づくり、地域との関わりといった企業活動全体に一貫した哲学を反映させているのか、そのプロセスをたどっていきたい。今回は、ブルネロ クチネリ ジャパンの日本代表・宮川ダビデ氏 へのインタビューをもとに、同社の経営思想の本質に迫る。