なぜ無印良品は海外で高く売れるのか
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サマリー:企業のブランド価値を高めるうえで、「創業地」や「ゆかりの土地」といった場所に込められた意味をどのように語るかが、重要な要素となる。本稿では、無印良品の事例を取り上げ、同社が「日本」という「場」をどのよ... もっと見るうにナラティブの核として構築し、海外市場で高付加価値戦略を展開してきたかを分析する。 閉じる

「場」を織り込んだ歴史的ナラティブ 

 歴史的ナラティブは、企業がブランド価値を高め、製品やサービスに高い付加価値を与えるうえで、有効なアプローチの一つである。企業の創業の地や、ゆかりの土地といった「場(place)」──すなわち、記憶や意味が重ねられた特別な空間──を織り込んだ歴史的ナラティブに焦点を当てる。

 「場」は、多くの企業がすでに保有しているナラティブの資源であり、どこから着手すればよいかわからない企業にとっても、物語構築の第一歩となりうる。ここで重要なのは、アメリカ歴史学会の会長を務めた歴史家ウィリアム・クロノンが言うように、「場」(place)とは単なる物理的な地点(location)ではなく、語り手の価値観や文脈によって意味づけられる舞台であるという点だ※1

 歴史的ナラティブにおいて、「場」は主人公と同じくらい注目に値する要素である。なぜなら、場所の意味づけは、物語全体のトーンや世界観、展開の方向性を大きく左右するからだ。たとえば、同じ属性の主人公でも、「東京の下町で生まれ育った」と語られるのか、「東京の山手で育った」と語られるのかによって、聞き手が思い描く背景や人間像は大きく異なるだろう。それほどに、「場」には、語りの基調を形づくる力がある。「物語が結びつけられる場所」に注目することは、歴史的ナラティブを構築・実践するうえで欠かせない視点となる。

 企業にとっての「場」とは、典型的には創業時のローカルな土地である。また海外市場においては「国」そのものもナラティブの舞台としての「場」になる。たとえば、同じ1980年代のバブル景気に沸く東京で創業した2社が、創業の地をまったく異なる意味で語ることもありうる。一方は、当時の東京を文化が花開いた「華やかな場」と捉え、その中で生まれた自社を若者文化に鋭敏であり続けてきたブランドとして描くかもしれない。もう一方は、バブル崩壊の兆しが漂っていた「不穏な場」として解釈し、堅実な姿勢を貫いて成長してきた企業であることを強調するかもしれない。

 このように「場」の意味付けは、自社の社会的使命や存在意義、そしてこれまでの歩みをどのように語りたいかという、企業の価値観や主観によって定まる。自社の価値観や存在意義と整合的に構成された「場」を織り込んだ歴史的ナラティブは、企業のアイデンティティを明確にすると同時に、製品やサービスに物語性や共感を伴う意味的な付加価値を与える、独自性の高い重要な経営資源となる。

 なぜ欧州の製品には洗練されたイメージを抱く人が多いのか。それは「場」を巧みに活用しているからだ。フランスのワイン、イタリアの革製品、ドイツ車など、それぞれの製品が、文化や土地のナラティブと結びつくことで、ブランドとしての説得力を高めている。 

「ナポリでつくられたネクタイ」や「パリのアトリエで作られた香水」と聞くだけで、特別な意味があるように感じないだろうか。日本企業もそのような「意味付けの巧みさ」を学ぶ必要がある。

 ミラノ大学(Università degli Studi di Milano)准教授で組織論を専門とするトラルドらは、イタリア・ナポリのシルクネクタイメーカーを事例に、歴史的ナラティブにおける「場」の重要性を示している※2