AIを導入しても生産性が上がらない理由
Illustration by Ricardo Tomás
サマリー:AIツールは業務効率化を目的に導入されるが、現場の具体的なニーズに対応できず、期待された成果を挙げられないことが多い。その背景には、AIがチーム固有の業務プロセスや文脈を十分に理解していないという課題があ... もっと見るる。本稿では、こうしたギャップを埋めるための手法として、業務の実態を可視化する「ワークグラフ」と、AIを文脈に適応させる「リバース・メカニスティック・ローカライゼーション」(RML)を紹介する。 閉じる

AIが期待に応えられないことが多いのはなぜか

 フォーチュン500に属する某小売企業の経営陣は、サプライヤーとの交渉で使う契約書の草稿作成を担うチームに、仕事を効率化するためのAIツールを提供した。広く使われている大規模言語モデル(LLM)を搭載したこのツールは、文書の要約、内容に関する質問への回答、契約書間の比較などを通じてチームの仕事を迅速化するものと経営陣は期待した。

 ところが高い期待にもかかわらず、チームの成果は変わらなかった。ツールは汎用的な文章、たとえば契約書の大まかな草案などを生成できるが、チームはその後、各サプライヤー向けにその文章をカスタマイズしなければならなかった。個々の契約書ごとに、サプライヤーの情報、条件、注文履歴やさまざまなニュアンスを含む重要な詳細を手作業で盛り込む必要性は変わらない。このため、ツールによるチームの作業負荷を軽減する効果はほとんどなかった。

 この事例は、AIツールが期待に応えられないパターンの一つを反映している。筆者らがさまざまな業界の30社を対象に最近実施した調査では(上記の契約書チームも含む)、汎用的なAIツールはまさに汎用的であるがゆえに、自社固有のワークフローで求められる個別のタスクを完遂するための役には立たないことが多い、と回答者から報告された。

 たとえAIツールが財務や人事などの特定分野向けにカスタマイズされている場合でも、特化の度合いが足りないために、十分な付加価値をもたらしていなかった。組織、チームやプロセスの個別のニーズと規範に対応しなかったのだ。このため、ユーザーはAIのツールとモデルが「機能していない」または「汎用的すぎる」と感じることが頻繁にあったと報告している。

 汎用的なAIの能力と、チーム固有の変わりゆくニーズとの間にあるギャップは、より深刻な課題を指し示している。すなわち、現在のツールは、仕事が実際にどう遂行されるのかを理解するようにはつくられていないのだ。

 本稿ではこのギャップの解消につながる2つの重要な概念として、ワークグラフ(チームが仕事をどう遂行しているのかを示すデジタルマップ)と、リバース・メカニスティック・ローカライゼーション(AIモデルをチーム向けにカスタマイズすること)を提案する。これらの概念によって、なぜ従来のAIが期待に応えられないことが多いのか、そして組織はどうすれば実際のワークフロー、実際のユーザー、実際のコンテクスト(状況・文脈)に適応するAIシステムを設計できるのかが理解しやすくなる。

AIツールが価値を生み出せなかった理由

 この問題を、契約書チームが実行していた具体的なプロセスのコンテクストで考えてみよう。従来、サプライヤー向けに新たな契約書の草稿を作成する際にチームは以下のプロセスを踏んでいた。

・複数のシステムにログインする。
・サプライヤーの詳細情報を取得、分析し精査する。
・サプライヤーからの見積もり、および類似または関連するサプライヤーとの交渉条件を確認する。
・サプライヤーに関連する注文履歴を調べる。
・これらすべての要素を盛り込んだ草稿を手作業で作成する。