-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
成功する投資仮説はどのようにつくるのか
2024年、ベンチャーキャピタリストたちは米国のスタートアップに2000億ドル以上の投資をした。平均すると、これらのベンチャーキャピタリストは投資に対し、約12%のリターンを得ていることになる。だが、リターンの95%を獲得したのはわずか5%の投資家だ。リターンの大部分を手に入れる一流ベンチャーキャピタリストの仲間入りをするには、何が必要なのだろうか。
決め手となるのは、効果的な投資仮説の策定だ。投資仮説とは大まかに言うと、特定の領域における投資機会について、明確にして簡潔で、かつ実行可能な視点を列挙したものである。
重要なのは、成功した投資のすべてがベンチャー型高リターンを達成しているとは限らないことだ。ベンチャーキャピタル(VC)の世界では、リターンが正規分布になることは期待されていない。好業績のベンチャーキャピタルファームではむしろ、大半の投資が失敗し、ほんの一握りの投資だけが投資額の50倍ものリターンをもたらすと想定している。したがって、効果的な投資仮説とは、ある投資がただ単に利益を生むというだけでなく、「桁外れのリターン」をもたらすという確信を明言するものだ。桁外れのリターンこそが、ベンチャーキャピタルの成功を示す特徴である。
では、どうすればベンチャーキャピタリストはそのような投資仮説を策定できるのだろうか。筆者はコーポレートベンチャーキャピタル活動を行うTDKベンチャーズの社長として、40社以上の投資先企業と関わった経験から、成功する投資仮説を策定する助けとなる4ステップのアプローチを定義した。もちろん、このアプローチが唯一の方法というわけではない。とはいえ、TDKベンチャーズでは過去5年間、このプロセスを何度も反復して改善し、最も重要な本質にまで簡素化してきた。そして、この方法は私たちにとっていまに至るまで有効であることがわかった。
本稿では、特定の分野に特化した投資仮説に焦点を絞っている。ベンチャーキャピタルファンド全体の投資仮説を定義する方法については、すでに多くの論考が発表されてきたが、本稿で探るのは、所与の投資領域や市場区分における具体的な投資機会をベンチャーキャピタリストがどのように評価するのかという点である。言い換えると、ファンドレベルの投資仮説が「どの海で釣りをするかを決める」ことだとすれば、分野特化型のテーゼは「その海でどの魚をターゲットとし、どのような道具を使うかを決める」ことに似ている。
実際、こうしたベストプラクティスは利益をもたらすテーゼを見極めるために役立ってきた。私たちは過去2年間、まさにこのアプローチによってすべての潜在的な投資機会を分析してきた。たとえば工業加熱の領域で高温蓄熱ソリューションが成功する可能性の高さを見極めた。このソリューションは再現性のある形で顧客に導入でき、なおかつ電力系統からより有利な電力価格を引き出せる。
こうした投資仮説に到達するために用いている4つのステップを紹介しよう。合わせて、このアプローチを使った最近の実世界でのケーススタディを紹介したい。電力系統技術業界の市場リーダーになる資質を備えたスタートアップを特定したケースである。
1. 既知のことを明確にする
何がわかっているかを明確に定義することは、投資仮説の土台になる。最初のステップは、特定の領域における投資機会について、十分に理解されているファクトを明確にすることだ。以下のような問いを立ててみよう。
・市場の現状はどうか。
・関連テクノロジーの現状はどうか。
・現在、どのような規制や政策がこの領域を規定しているか。
・新規参入者が直面する最大の問題は何か。
重要なのは、単に「投資が適切である理由」を定義することだけが目的ではないという点だ。作成中の投資仮説の主な限界を認識することも不可欠である。直面する可能性のある既知のマイナス面は、潜在的なプラス面と同じくらい重要だ。それゆえ最初の段階から、良い面と悪い面の両方を意識することが大切なのである。
私たちがわかっていたこと
私たちはまず、電力系統技術の領域ですでにわかっているいくつかのことを明確に定義した。最初に、米国市場において、電気自動車(EV)とメガワット規模の直流急速充電の急速な普及は確実に起こると判断した。車種を問わずEV価格が低下していることは、車の所有者にとっての運用経済性の改善と、充電事業者にとっての収益性の高い稼働率という好循環を生み出している。
また、北米の電力会社は、AIデータセンターのように負荷の増大や柔軟性の要件が高まる中で、より多くの顧客に安全で信頼性の高い電力を提供すべく相当なプレッシャーにさらされており、既存の電力インフラソリューションの能力を限界まで酷使していることも明らかになった。
さらに、高出力の交流・直流負荷を電力系統に接続するには変圧器が不可欠だが、従来型の設計には数十年間、有意義なイノベーションが行われていないことも判明した。こうした従来型の変圧器は、エネルギープロジェクトの開発業者にとってサプライチェーン上のネックになっており、機器の納品まで12カ月以上待たされることもある。
2. 未知のことを明確にする
次に、投資仮説をより洗練させるために重要なのは、何がわかっていないかを明確にすることだ。以下のような問いを立ててみよう。
・将来の市場の状況について、どのような不確定要素があるか。また、自分の想定が正しくない可能性はないか。
・どのような規制の変化がある(またはない)可能性を予測するか。
・自分の依拠するデータが不完全または古くなっている可能性はないか。
・市場の変化や地政学的対立など、自分の確信が必ずしも成立しなくなる状況はないか。
たとえば、トランプ大統領の関税政策はベンチャーキャピタルに(まだ不確実だが)相当な影響を与えるかもしれない。こうした不確定要素は想定内とはいえ、投資仮説に著しい影響を与えうる。そうした不確定要素の存在をすすんで認めない限り、それに対処して克服することはできない。
実際、どれほど投資仮説に自信があっても、不確定要素は避けられない。そうしたリスクや想定に目を背けるのではなく、自分のテーゼの潜在的欠点を認めることが大切だ。何がわかっていないかをチーム内で率直に共有することで、自分の立ち位置が伝わり、より質の高いフィードバックを得ることができる。また、謙遜さと知的誠実さを示すことは、みずからの信用を高めるだろう。
私たちがわからなかったこと
既知のことを定義した後、私たちはこの市場に関連する不確定要素に目を向けた。一つには、半導体変圧器(SST)技術が、電力会社や電力供給者といった米国の従来型電力系統の顧客に大規模に導入されるまでのスケジュールは依然として不透明であるとわかった。特に従来型変圧器の生産が回復する可能性を考慮すると、不透明感はより顕著であった。
さらに、SSTを既存の電力系統インフラに組み込むことに関する規制のハードルや認可手続きは変更される可能性があり、パワーエレクトロニクスを基盤とする電気インフラ機器の長期的な信頼性や保守性もまだ検証されていない。
最後に、大規模な商用SSTのコスト構造と最適なビジネスモデルはまだ実証されておらず、政権交代に伴う電化と再生可能エネルギー導入政策の変化は、SSTの生産や顧客の導入に対するインセンティブにマイナスの影響を与えるかもしれない。
3. 自分たちが信じていることをまとめる
わかっていることとわかっていないことを明確にしたら、中核となる確信を定義し始めよう。これらの確信が完全に(あるいは部分的にでも)正しいと証明されれば、桁外れのリターンを達成できるだろう。
またこの段階で、自分たちがどのようにして付加価値をもたらせると考えているかを書き出してまとめるとよい。なぜなら、ベンチャーキャピタルとは、単に桁外れのリターンを達成して利益を得るだけが目的ではないからだ。効果的な投資仮説は、投資家固有の強みである「スーパーパワー」を考慮に入れ、そのベンチャーキャピタリストが特に、他に類のない形で価値を付加し、ベンチャー型の高リターンを実現するうえで貢献できそうな分野に焦点を当てるものだ。
分析の結果としての私たちの確信
これまでに挙げたわかっていることとわかっていないことから、私たちはいくつかの中核的な確信を定義することができた。その確信とは、まず、SSTは変圧器と電力変換の未来を表すもので、よりスマートで、高速で、信頼性の高い電力供給を可能にする技術だということだ。同時に、EVの普及によってパワーエレクトロニクスのサプライチェーンはより安価で堅牢になりつつあり、これはSSTにとっても利点となる。
また、拡張性のあるモジュール式SST設計によって、データセンター、EVの充電、グリーン分子(環境にやさしく持続可能性のある物質)など多岐にわたるユースケースに対処できるようになることにも着目した。SSTのような制御可能なデジタルインフラのハードウェアへの移行は、電力系統における予想外の価値創出を可能にし、この分野を牽引するスタートアップにとっては、次世代のサービス主導型ビジネスモデルを実現する道を開くだろう。
さらに、EV充電、データセンター、港湾、関連市場といった分野には、従来の電力会社の顧客層以外にも、ベンチャー規模の収益成長を支えるのに十分な数の民間企業の顧客が存在している。しかし、既存の大手電気機器メーカーは典型的なイノベーターのジレンマに直面している。現行の変圧器事業が好調なため、新技術へ重点を移行することに踏み出せずにいる一方で、かつて気候テクノロジーでインバーター開発に関わった人材はそのブームの段階的縮小につれて業界を去りつつあるのである。
4. 投資判断に必要な指標を明確にする
最後に、これまでの3つのステップの洞察を活用して、この領域への投資を正当化するために、企業が満たすべきKPI(重要業績評価指標)を明確に定義しよう。言い換えると、この投資機会についてあなたがわかっていること、わからないこと、信じていることすべてを踏まえて、この領域の市場リーダーになれる企業は、どのような成果を出す必要があるだろうか。
忘れてはならないのは、素晴らしい機会のように見える投資のすべてが実際に素晴らしい機会であるとは限らないことだ。暫定的な投資仮説を定義したら、裏づける証拠を確認することが大切だ。ただの推測や直感に頼ってはならない。調査をし、情報源を明示し、その領域を深く理解するためにできるだけ多くの起業家と話をしよう。
こうしてKPIが揃ったら、客観的に機会を評価し、テーゼが証拠と合致するかを確認する態勢が整ったことになる。
投資判断のために私たちが確認したポイント
筆者らの中核的確信に基づく投資仮説は次の通りだった。業界のリーダーになる企業は、モジュール式で拡張性のあるSSTシステムを、低コスト(メガワット当たり1000ドル以下を目指す)、高い信頼性(耐用年数20年以上)、迅速な配備性(プラグ・アンド・プレイ、即日導入可能)とともに提供する能力が必要だ。また、競争力のあるユニットエコノミクス、主要な電力系統および充電インフラ事業者との強固な関係、パワーエレクトロニクス分野における絶えざるイノベーション、そして理想的には電力系統に接続した状態で、商業的意義のある電力定格(1メガワット以上など)で動作するSSTを実証している必要がある。最後に、電力システムの専門知識を持ち、現場での配備実績のある強力なリーダーシップチームを擁する必要がある。
調査の結果、私たちはこのすべての基準を満たす電力系統インフラ分野のスタートアップを発見し、幸運にも投資する機会を得た。後は、私たちの投資仮説の正しさを、時間が証明してくれるのを願っている。
* * *
ベンチャー投資で唯一の確実なものは不確実性だ。誰も未来を予測することはできないし、絶対確実な投資戦略はない。成功する投資家はこの現実から目を背けず、むしろ受け入れる。もしあなたがこの4ステップの枠組みを活用するならば、単によい投資を見極めるだけでなく、真に価値を高め、桁外れのリターンを達成できる機会を見出すための投資仮説を策定し、それを明快に伝えることができるようになるだろう。
ベンチャーキャピタルの世界は先が読めないかもしれない。しかし、強力な投資仮説を策定することによって、不確実性を機会に変え、あなたが選んだ領域で先頭を走ることができるだろう。
"How VCs Can Create a Winning Investment Thesis," HBR.org, April 22, 2025.





