サステナビリティ経営の転換期に企業が取るべき4つの対応策
Illustration by Daniel Creel
サマリー:サステナビリティ経営は大きな進展を遂げた一方で、地政学的な緊張や社会の分断、ポピュリズムの台頭により後退の兆しを見せている。しかし、再生可能エネルギーの進歩、気候変動による現実の影響、新たなビジネスモ... もっと見るデルの台頭など、長期的には持続可能性に再び注目が集まることが予想される。本稿では、こうした過渡期における企業の取るべき対応策を具体的に提示する。 閉じる

サステナビリティ経営はもはや維持できないのか

 この20年間の大きな進展にもかかわらず、サステナビリティ経営はいま、岐路に立たされている。国家間の対立の激化、分断社会の進行、サステナビリティへのポピュリストによる反発など、政治情勢の変化が、企業が生き残り、発展していくための条件を根本から揺るがしつつある。

 ひそかに計画を縮小する有名企業もあれば、すでに後退している企業もある。米国政府はサステナビリティの取り組みを急速に解消しつつあり、新しい欧州の報告要件にも反発が起きている。

 こうなると、ある疑問が浮かんでくる。サステナビリティ経営は、現在の形では持続不可能になったのではないか。サステナビリティとビジネス戦略の専門家として、この取り組みの存続をかけた問いに対する筆者らの見解を述べたい。

最終的に地球が政治に勝る理由

 短期的には、企業のサステナビリティに関する取り組みがさらに瓦解していくことが合理的に予想されるが、すべてが失われるわけではない。いくつかの対抗力が最終的にこの明らかな後退を覆し、数年にわたると予想される混乱の後にサステナビリティへの新たな重点が置かれるようになると十分に考えられる理由がある。

1. 再生可能エネルギーの分野で大きな進歩が見られた

 これは、2019年から2024年にかけて世界で設置された再生可能エネルギー施設の発電総量の40%を占める中国の貢献によるところが大きい。再生可能エネルギーは経済的に実行可能になっただけでなく、地政学的な競争の対象にもなっている。

 もちろん、このような飛躍的な進歩は、数十年間にわたる世界的な投資や資本的支出の賜物である。この10年間だけでも、年間3000~4000億ドルもの資金が世界中の電力網に投じられ、広範な電化が実現した。これらの投資により、再生可能エネルギーの限界費用を引き下げるインフラが整備され、後退を難しくしている。2023年には、EUの最終エネルギー消費(消費者が使うエネルギー量)の4分の1近くが再生可能エネルギーによるものとなった。

2. 地球の現実が政治を形づくる

 短期的には政治が他の要因を凌駕するかもしれないが、過去50年間で気候変動と気象の変化による災害の件数は5倍に増加している。地球の限界を評価する枠組み、プラネタリー・バウンダリーの9項目のうち、2023年までに6つがすでに限界を超えており、取り返しのつかない環境破壊のリスクが高まっている。ロサンゼルスの山火事などの劇的な出来事で明らかになった炭素排出抑制の不備や気候状況の悪化は、最終的には世論を動員し、政治を再構築するだろう。皮肉なことに、気候条件の悪化が、情勢逆転の可能性と強さを高める可能性さえある。

3. 新しいビジネスモデルがサステナビリティを利益と競争優位の源泉に変えつつある

 サステナビリティに重点を置いた革新的なビジネスモデルが増え続けており、サステナビリティが必要悪から自給的な利益と優位性の源泉に変わりつつある。

 たとえば、海運大手のマースクは、低炭素燃料や港湾施設の電化に多額の投資をしている。それによって、魅力的な低排出ガスのサプライチェーンパートナーとして自社を差別化している。

 カーシェアリングプラットフォーム、EV充電ネットワーク、コワーキングスペース、家庭用太陽光発電システムなど、すでに商業化されている持続可能なビジネスモデルは数多く存在する。さらに、保険料の上昇や農産物価格の高騰など、気候変動の影響に市場が反応していることも、さらなるビジネスモデルの革新を促す要因となっている。

過渡期への対応

 では、短期的には持続可能なビジネスモデルの採用への圧力が弱まるものの、長期的にはより強まると考えられるこの複雑な情勢に、企業はどのように対応すべきか。

 この複雑な状況で最も成功の見込みのない選択肢は、何も変わっていないかのように理想主義的に前進するか、あるいはサステナビリティアジェンダを完全に放棄するかのどちらかである。「完全な理想主義」も「船を放棄する」アプローチも、個々の企業や地球全体の長期的な繁栄につながるとは考えにくい。

 一つのサステナビリティ体制から別の体制への移行において、リーダーは秩序立った予測可能な道筋を期待するのではなく、むしろ複雑で混乱した移行期、イタリアの哲学者アントニオ・グラムシが「怪物が現れる時代」と呼んだものを覚悟すべきである。

 しかし、過渡期だからといって、目的や活動、あるいは安定の欠如した状態である必要はない。移行期を乗り越えるには、企業は以下のことを念頭に置くべきである。

サステナビリティへの関心が再び高まる長期的なシナリオに従う

 世界中の市民がますますこれを要求するようになることを予期しておく。このマインドセットは、社会がより抜本的な対策を要求する、避けられない事態に企業を備えさせるだけでなく、すでに地球温暖化が引き起こしている物理的な被害に対処するレジリエンスを高めることにもつながる。

 企業はいま行動することで、将来の環境リスクにさらされにくくなり、将来の規制変更に先んじることができる。さらに、これにより企業は一貫した進路を描き、顧客や社会からの信頼を築くことができる。

分断された地域社会の橋渡しとなるために、根本的な価値観に重点を置く

 環境に対するスチュワードシップ(受託責任)や将来世代への責任といった広く共有された価値観は、ビジネスのほとんどの側面の政治化を完全には防いでいないものの、依然として政治的・文化的な溝を架橋し、企業が戦略を立てる安定した基盤になりうる。自社の価値観や信条に基づいて行動することが、日々の予想外の政治的な変化の中を着実に進むための実践的な基盤となる。

地域主義を推進する

 政策の枠組みやプラットフォームの断片化により、国際協調は確実に損なわれているが、その裏には隠れた利点もある。国内的・地域的なアプローチのほうが、大きなレジリエンスを生み出し、ボトムアップでの信頼構築にもつながる。ノーベル賞を受賞した経済学者エリノア・オストロムが指摘したように、規範に関する広範な合意は、単一のグローバルなアプローチの押しつけや交渉からではなく、複数の独立した取り組みを通じて生まれることが多い。このような多中心的なアプローチは、ナイキやニュー・ベルジャン・ブルーイングなどの企業ですでに現実のものとなっている。

サステナビリティへの要請をイノベーションと技術戦略に組み込む

 エネルギー効率性や物質効率性などの短期的で具体的な経済的利益は、理想主義的な目標よりも擁護しやすく、容易には逆転されにくい。

 国際的な床材メーカーのインターフェースは、1990年代後半から自社のタイルカーペットを回収・リサイクルするクローズドループモデルを先駆的に導入し、原材料コストを削減すると同時に、顧客との接点を拡大した。現在、同社の素材の半分以上が再生材料や生物由来素材である。インターフェースにとって、サステナビリティは遠い理想ではなく、モジュール性とリサイクル性に重点を置いた現在の実行可能なビジネスモデルに組み込まれている。

リーダーは新しいマインドセットを受け入れる必要がある

 リーダーは、新型コロナ、AIの急速な進歩、地政学的な対立、国内政治の変化など、ここ数年間に生み出された大きな不確実性の中を舵取りしてきた。しかし、サステナビリティに関しては、この新しいマインドセットをさらに広げ、短期的な便宜性と長期的な目標や価値観との矛盾に対処する必要がある。それには以下のことが含まれる。

形勢逆転と矛盾に備える

 思想の衝突や政治的な不測の事態が日々起こる中で、サステナビリティの実現に向けた取り組みは簡単に挫折しかねない。

 そのため、むしろ外部環境は変化し、形勢逆転と矛盾は避けられないという認識を内面化する必要がある。自社の中核的な価値観に基づいて組織を導くのである。これは政治的な文脈を無視するということではなく、自社の最も重要なサステナビリティ目標に対し、絶対的な明瞭さを持つことを意味する。この明瞭さによって、不確実な状況を乗り越え、頻繁に戦略を変更するコストを回避することができる。

理想主義よりも実用主義を重視し、優先事項に集中する

 上記を念頭に置いて、理想主義に惑わされず、現実的な視点に立ち返る必要がある。サステナビリティが消えてなくなることはないが、現在の状況では、実のないパフォーマンスは政治的にマイナスである。それよりも、理想を適度な実用主義で抑える必要がある。具体的な優先事項と成果を明確化し、それらに焦点を当てることで、このギャップを埋めることができる。

グローバルな協調よりも自助を重視する

 外部性や規制が事業環境に影響を及ぼすことは否定できないものの、個々の企業が主体性を持てないわけではない。国際協調の亀裂が続くか悪化する場合、企業はみずからが持つ力を強化すべきである。国際的なコンセンサスを待っている企業は、事態の進展に取り残されるリスクがある。

競争相手が気をそらされている間に前進する機会を捉える

 不確実性の時代は、競争相手が迷走している間に先行できる好機である。この状況を、競争優位を築き、自社の地位を強化する機会として捉えるべきである。

 長期的なサステナビリティ目標と短期的な成果は必ずしも直接的に矛盾するわけではない。両者に対応できる企業は大きな利益を得られる可能性がある。たとえば、物質効率性、地域分散によるレジリエンス、気候リスクの緩和、ビジネスモデルのイノベーションによる差別化などに取り組む企業は、短期的な利益と長期的な持続可能性の両方を生み出すことができる。

 要するに、企業が自社の持続可能性を最善の形で確保するには、短期的な政治の先を見越し、不可避の形勢逆転に向けて現実的に対応することが重要である。現在のサステナビリティの取り組みの後退はたしかに現実のものだが、それは一時的なものと考えられる。この期間を利用して自社のサステナビリティの基盤を強化する企業が、必然的な形勢逆転の際に有利な立場に立てるだろう。

 問題はサステナビリティが再び重要になるかどうかではなく、その時に自社が準備できているかどうかである。


"Corporate Sustainability Is in Crisis. What Should Companies Do Now?" HBR.org, April 22, 2025.