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企業を正しく評価する
相対評価(シンプルな指標を用いて企業価値を同業他社と比較する)は、財務上の意思決定を行う基本的な手法の一つだ。対象企業の利益が20億ドルで、類似企業(ピア企業)が利益の15倍で取引されたとすれば、対象企業の評価額は300億ドルと算定できる。このアプローチは、より詳細なDCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)と並んで、企業価値(バリュエーション)のレンジを直観的に理解するための出発点になる。
しかし、現在の相対評価のアプローチは、完璧とは言いがたい。比較対象のピア企業の選定プロセスには主観的な判断が含まれることが多く、企業がどの業界に属すかを判断することさえ難しい場合がある。たとえば、世界産業分類基準(GICS)では、アルファベット(グーグル)はコード5020「メディア&エンタテインメント」という産業グループに分類されているが、北米産業分類システム(NAICS)ではコード518210「コンピューティング・インフラストラクチャ・プロバイダー、データ処理、ウェブホスティングおよび関連サービス」に分類されている。つまり、グーグルはメディア企業ともコンピューティング・インフラ・プロバイダーとも言えるし、実際に両方の業界で事業を展開している。このような分類の違いは、ピア企業の選定、ひいてはバリュエーションの算定に矛盾を来す可能性がある。さらに、同じ業界の企業がすべて同じようなマージン、成長率、リスクプロファイルを共有していると仮定するのは、単純化しすぎである。
AIを活用した新しいアプローチ
筆者ら2人(ゲルツェマとルー)は最近、『ジャーナル・オブ・アカウンティング・リサーチ』誌に掲載予定の研究を発表した。この研究では、相対評価のプロセスにAIを活用する手法を考案した。筆者らの手法は、主観的な判断だけに頼るのではなく、入力した幅広い財務数値をアルゴリズムを使って分析し、比較対象となる企業を選定する。平たく言えば、AIを使って過去のデータ(収入、利益率、負債水準など)を精査し、従来の手法では見逃してしまうような過去のバリュエーションに関連したパターンや関係性を検出するのである。
ある意味、これは新しいアプローチではない。というのも、トーマス H. ダベンポートとピーター・ハイが最近HBR.orgで指摘したように、分析型AIは多くの企業にとって不可欠なツールとなっている。筆者らの手法は、特に機械学習の手法の一種である「勾配ブースティングマシン」(GBM)と呼ばれるアルゴリズムに依存している。GBMは、大規模なデータセットにおける複雑なパターンや非線形の関係を発見することができるため、財務予測に使用される主要なAI技術の一つとなっている。筆者らの手法の新しさは、GBMを使用して、個別のバリュエーションの評価値を、学習データ上のピア企業のマルチプル(倍率、冒頭の例の「15倍」)の加重平均に自動的に分解する点にある。筆者らは、この加重平均を求めるために使用する重みを「ピアウェイト」(peer weight)と呼んでいる。それは、この重みが、学習データ上の各ピア企業のGBM評価値に対する重要度(重みづけ)を示す指標となるからである。このように透明性を高めることで、財務担当者は、最終的な算定値に対する各ピア企業の影響度を正確に把握でき、結果をより解釈しやすく、実用性が高まるのである。
同調圧力
マスターカードの企業価値を知りたいとしよう。従来の相対評価では、新興のフィンテック企業や老舗の競合企業を含む決済事業者が比較対象となるだろう。しかし、これらの企業は、リスクプロファイルや成長メカニズムが大きく異なる。より広範な業種別評価では、マスターカードは金融サービス企業に分類される。しかし、マスターカードは銀行とは異なり、信用リスクを負わないため、シティグループやウェルズ・ファーゴのような個人向け融資を行う銀行とは根本的にビジネスが異なる。
AIを活用した筆者らのピア企業選定では、まず米国の大企業の過去のデータを用いて、企業価値を予測する機械学習モデルをトレーニングする。次に、新たに開発したアルゴリズムを用いて、各モデル予測に使用するピアウェイトをモデルから抽出する。これらのウェイトは、バリュエーションのために特別に設計されたモデルから得られたものであるため、この目的に最も関連性の高い企業の類似性を捉えている。
マスターカードに筆者らの手法を適用したところ、最も類似性の高い上位5社は、アップル、S&Pグローバル、イーライリリー、ロッキードマーティン、UPSであった。この後には、多数の主にテクノロジー企業が続く。いずれも金融サービス企業とは通常見なされない企業である点が興味深い。データが言わんとしているのは、バリュエーションに関して言えば、マスターカードは伝統的な金融機関よりもテクノロジー企業や専門サービス企業と共通点が多いらしいということである。
また、筆者らの手法は、バリュエーションに最も有益な予測変数に基づいて企業を特定する。マスターカードの場合、最も重要な変数である自己資本利益率(ROE)は、四半期総資産利益率(ROA)と同様に、ピア企業が密なクラスタを形成している。これとは対照的に、売上総利益とキャッシュフローの変動性は分散している。全体として、筆者らのアプローチは、少なくともいくつかの主要な予測変数においてかなり類似している企業を選定しているようである。