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人生最大の決断とは何か
「人生で最大の選択を挙げよ」と尋ねられたら、あなたはどう答えるだろうか。一般的な常識に沿って考えれば、おそらく二つの事柄をまず挙げるだろう。一つ目は「何を」行うかである。
たとえば人生最大の決断として、たいていの人は「職業の選択」と答えるはずだ。お金で人の幸せは買えないにしても、自分の愛する職業に就くことが、幸福で満ち足りた人生を送るための近道である、というのが大方の認識だ。
これと同じ概念を、私は幼い頃に父から教え込まれた。父は口をすっぱくして言ったものだ。「リチャード、私のようにレンズ工場の作業員で終わることはない。お前は弁護士か医者になれ。そうすれば何か大きなことがやれるし、いい収入も得られるからな。わずかな給料のためにコツコツ働いて、タイムカードを押すような職業には就いたらダメだ」
経済的、職業的成功を得るための前提として、良質な教育と適切な学業の場を挙げる人もまた多い。多くの親は、良質な教育こそが素晴らしい職業と将来の安定した所得、幸福な暮らしへの足がかりだと考える。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)、あるいはスタンフォード大学のような一流大学を卒業すれば、放っておいても人生はうまくいくといった具合にだ。
世の親たちと同様に、私の両親も教育には熱心だった。家計のやりくりに苦心しながらも、私と弟のロバートをカトリックの私立学校に通わせ、授業料ばかりか教区への定期的な寄付金も納めてくれた。
まじめに勉強すること、優秀な成績を収めること、大学に進学することの重要性を、両親は四六時中、私たち兄弟に説いて聞かせた。教育こそが輝かしいキャリアへの近道だと、両親は考えていたのだ。その点は仕事熱心で愛情深く、質素な生活を送るほかの多くの親たちと何ら変わりはない。
他方、次のような主張もあるだろう。「職業やお金、教育もさることながら、人生における最も大きな選択とは最良の伴侶を見つけること。自分のあらゆる試みをサポートし、無償の愛を捧げ続けてくれる人物を見つけることだ」という考えだ。すなわち「だれと」行うかである。人間心理学を研究する者も、このように賛同している。「愛による結びつきは、幸福な人生へのカギである。研究結果がそれを如実に物語っている(注1)」
この発想を、私の母は本能的に知っていた。母は何人もの高学歴の男性たちからのプロポーズを断った末、私の父と結婚したのだ。父は第二次世界大戦の帰還兵で、中学を中退した工員だった。母はしばしばこう言ったものだ。「いいこと、リチャード。お父さんとの結婚は、これまでの人生でベストな選択だったわ。お金を持っている男性なら、たしかにほかにもいるわ。でも一番大切なのは愛情よ。私はあなたのお父さんを、いつだって夢中になって愛してきたの」
このように「何を」「だれと」行うかという二つの選択は、私たちの人生で大きな意味を持つ。しかし経済的未来や幸福、人生の総体的な成果におよぼす影響力の点で、前掲の二つの選択を上回らないまでも、等しく重要と言える要素が存在する。それは居住地の選択だ。要するに「どこで」行うかである。
居住地の選択という概念は当たり前すぎるがゆえに、つい見落とされがちだ。しかし適切な居住地を探すことは、適切な職業や伴侶を探すことよりも重要とは言わないが、それらと同じくらい大切なことだ。居住地は、職業や伴侶の選択に影響を与えるだけではない。選択の過ちを軌道修正する際に、それがどれだけ容易か困難かを決定づける要素でもあるのだ。ところが、その重要性を自覚している者は少数派である。情報に基づいて居住地選びをするだけの知識や、精神的な構造を持つ人が少ないからであろう。
居住地の選択が生き方に与える影響
居住地の選択は、人間の生き方のあらゆる側面に影響を与える。得られる収入、出会う人々、友人、伴侶、そして子供や家族に与えられる選択肢も、居住地次第で広がったり狭まったりする。人は、どこにいても一様に幸せになれるわけではない。住む場所によって享受できるメリットは異なる。活発な労働市場、ワンランク上の職業的成功、高い不動産価値、有利な投資先や配当所得を手にできる場所もある。結婚相手を探しやすい場所もあれば、子育てに適した場所だって存在する。
他人との関係という意識されにくい点からも、住む場所は私たちの幸せに影響を与える。愛する人との破局や失業といった、人生の逆境を乗り越えられるか否かも居住地にかかっている。これは熟慮すべき事柄である。
仕事を失うことはいつだってつらい。大切な人との破局はなおさらである。否定的なことを長々と論じるのは本意ではないが、そうした最悪の事態に見舞われた時、職業や結婚相手の選択肢が狭い場所にたまたま住んでいたとしたら、さらにひどい痛手を被ることになるだろう。その反対に仕事の選択肢が豊富で、かつ景気のよい地域や、自分がデートに誘える年代の独身者が多い地域に住んでいたとしたら、挫折からの立ち直りは飛躍的に容易となる。
このように居住地は人生の中心的な要素であると共に、仕事や学習、恋愛といった生活に絡むすべての要素に影響をおよぼしている。居住地次第で、既存の就労形態や人間関係を発展させることも壊すこともできる。新たな可能性を開くことも可能なのだ。
大金持ちになりたい、家庭を持ちたい、または独身で過ごしたいなど、各自が思い描く人生のかたちはさまざまだ。しかし、だれもが人生で最低一度は「どこに」住むかという選択を迫られる。そして、かなりの人が複数回この選択を経験している。実際、アメリカ人は平均で7年ごとに住まいを変える。また、4000万人以上が毎年移動し、1500万人が50マイル(約80キロメートル)以上の大移動を行っている(注2)。
だが、いざ自分の居住地を選ぶ段になると、大方の人は正しい選択をする心構えができていない。大きなリスクを伴う決断であるにもかかわらずだ。「どうしてそこに住んでいるのか」と問われたら、たいていの人は「気づいたらそこに住んでいた」と答える。家族や友人のそばにとどまったケース、仕事のために転居したケース、あるいは昔の恋人を追いかけてそのまま居ついたケースというのもよく聞く。そうかと思えば、選択のチャンスがあることさえまったく自覚していない人もいる。
それでもなお、私たちには選択の余地が与えられている。現代は奇跡的な時代と言ってもよいだろう。居住地の選択に必要な自由と手段が、これほど多くの人々に与えられた時代は、いまだかつてないからだ。自分に最もふさわしい場所を探すチャンスが、私たちには無尽蔵に与えられている。ただし裏を返せば、私たちはとてつもない選択肢のなかから決断を迫られているということになる。今日、さまざまなタイプのコミュニティが存在し、それぞれに独自の魅力を擁しているからだ。
ここで重要なのは自分に適した場所を見つけること、すなわち自分が幸せになれると同時に、人生の目的を実現できるような場所を見つけることだ。「職業や財産こそが幸福の大きな構成要素である」と考える人もいるが、だれもがそのような価値観で動いているわけではない。事実、自分の本当に好きなことのために、やりがいのある仕事や、前途洋々なキャリアを捨てた人を知る者は多い。家業を手伝うため、また家族や友人のそばにとどまるため、大学を出ると郷里へ帰る人もいる。こうした人たちの多くは、自らが払うであろう犠牲を承知したうえで、居住地の選択を行っている。彼らが居住地選びで重視したのは、自分に愛着のある町や人々に囲まれて生活できるかどうかである。要するに、富よりも家族やコミュニティを選んだのだ。ほかのだれよりも、コミュニティの真価を熟知している人たちかもしれない。
これは言い換えると、自らにふさわしい居住地を選んだからといって、すべてを得るのは不可能であるということだ。したがって居住地選びには代償が伴う。人生におけるほかの重大な選択とその点は何ら変わりない。仕事のために移住する者は、家族や長年の友と共に暮らす喜びを手放さなくてはならないだろう。一方、家族や友人のそばで暮らすことを選ぶ者は、ビジネスチャンスを放棄する可能性がある。
話を先へ進める前に、以下の質問について熟考してほしい。
1.現在住んでいる場所について考えたことがあるか。そこは本当にいたいと思える場所なのか。活力を得られる場所か。毎朝、近所の道や通りに歩み出た時、体を満たすのはインスピレーションか、それともストレスか。そこは、自分が本当になりたいと思える人間でいられる場所か。個人的な目標を達成でき、親類や友人に勧められる場所か。
2.転居を考えたことがあるか。考えたことがあるとすれば、頭に浮かんだ上位3つの候補地はどこか。その3カ所のどこが気に入ったのか。そこから具体的に何を得られると思うか。そこに住めば、自分の人生がどう変化すると思うか。
3.いまの居住地と希望する転居先とを、じっくり比較して考えたことがあるか。比較検討するにあたって、どれだけ多くの時間と労力を割いたか。正直な話、仕事や職業的成功、あるいは(特に独身者の場合は)恋人とのデートに注いだ思考力やエネルギーのほうが多かったのではないか。
前述の質問すべてに「考えたことがある」と答えた人は、ごくわずかではないだろうか。逆に言うと、居住地選びという人生の重大事に対し、あらゆる選択肢を探り、十分な思考をめぐらす人がいかに少ないかがわかる。察するに、それは私たちに十分な情報が与えられていないがゆえの現象かもしれない。
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[著者]リチャード・フロリダ
[翻訳者]井口典夫
[内容紹介]「クリエイティブ・クラス」という新たな経済の支配階級の動向から、グローバル経済における地域間競争の変質を読み取り、世界中から注目を浴びた都市経済学者リチャード・フロリダ。2008年に発表された本書は、クリエイティブ・クラスが主導する経済において、先端的な経済発展はメガ地域に集中し、相似形になっていく世界都市の現実と近未来像を描いている。さらに、クリエイティブ・クラスにとって、いまや自己実現の重要な手段となっている居住地の選択について、独自の経済分析、性格心理学の知見を使って実践的に解説する。
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【注】
1)幸福論をテーマにした書籍や文献の需要はますます高まっている。Darrin McMahon, Happiness: A History, Atlantic Monthly Press, 2006; Jonathan Haidt, The Happiness Hypothesis, Basic Books, 2005; Martin Seligman, Authentic Happiness, Free Press, 2004(邦訳『世界でひとつだけの幸せ』アスペクト、2004年); Richard Layard, Happiness: A New Science, Penguin, 2005を参照。
2)Jason Schachter, Why People Move: Exploring the March 2000 Current Population Survey, U. S. Census Bureau, Current Population Report, May 2001を参照。毎年更新されるこれらのデータはCensus Websiteで入手可能。