熟考された意思決定をAIで迅速に行う方法
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サマリー:意思決定のスピードが競争力を左右する時代、営業やマーケティングの現場では、AIを活用した「反射的意思決定」が急速に広がっている。一方で、従来の「熟考型」アプローチも依然として重要であり、両者の最適なバラ... もっと見るンスが求められている。企業は、顧客対応や市場調査、リソース配分などの多様な業務において、リアルタイムでの判断と、より迅速な熟考を組み合わせることで、意思決定の質とスピードを両立しつつある。本稿では、その実践例と仕組みを紹介する。 閉じる

意思決定の質とスピードを両立させる

 営業とマーケティングにおける意思決定は加速している。営業担当者が次にどう動くかを決める時や、マネジャーが顧客の割り当てを再編成する時、あるいは経営陣が戦略を策定する時に、リアルタイムのインサイトに基づく迅速で反射的な行動は、有効性を高めて成果を上げるうえでますます重要となっている。

 これまで営業とマーケティングは、データの収集、分析、統合をはじめとする入念なステップに経験と判断が重ねられた「熟考型」の意思決定に頼る部分が大きかった。この厳密さは、複雑な選択や利害の大きい選択には適している。

 しかし、変化の激しい今日の環境においては、それでは後れを取る可能性がある。顧客は1日単位や時間単位での素早い改善を求めており、レコメンドが出る頃には機会は過ぎ去っているかもしれない。

 これとは対照的に、「反射的」な意思決定は、即座に行われる。主にAIと自動化を通じたリアルタイムのデータを活用することで、迅速かつコンテクストに即した対応が可能になる。営業担当者が顧客からの質問に即座に答えたり、システムがタイムリーな提案を提示したり、チャットボットが問題を瞬時に解決したりする。この種のインタラクションは効率的なだけでなく、ますます求められている。

 目標は熟考を反射的な意思決定に置き換えることではなく、スピードを上げてバランスを取り直すことだ。組織は適時性よりも精緻化された答えを優先し、洗練されてはいるが時機を逸したインサイトを提供することがあまりに多い。だがスピードは重要だ。数カ月かかっている意思決定を数週間に、あるいは数日を数秒に変えることで、大きな競争優位を生み出すことができる。

迅速な意思決定を機能させる

 迅速な意思決定の足かせとなるのは往々にして、サイロ化された組織、時代遅れのシステム、リスク回避の文化だ。諸部門は独立王国のように機能し、それぞれが独自の目標、ツール、データを持っている。旧式のプラットフォームは情報を簡単に共有できず、手作業を強いられることでインサイトの提供が遅れ、エラーが生じる。また、従来の調査方法は「何が起きたのか」を説明するものだが、いま現在起きていることにチームが対応するための役には立たない。

 そして文化が問題を悪化させる。間違うことへの恐れが、過度な分析につながる。リーダーは正解を求めて何カ月も費やし、その間に好機は去ってしまう。このリスク回避によって、戦略と行動の乖離も広がる。優れたアイデアでも市場で試されることなく、プレゼン資料の中に留まっている。

 テクノロジーの進歩によって、反射的な意思決定はかなり実現可能となっている。とはいえ、これらのアプローチに対する信頼を築き、人間による監督を最小限に抑えながら、迅速に自信を持って意思決定を行うためのプロセスとガイドラインを確立するには、時間がかかる。

 すべての意思決定を戦略的に、または時間をかけて行う必要があるとは限らない。テクノロジーが企業により迅速に行動する能力をもたらす中、素早く動くべきか、ゆっくり動くべきかを見極めることはますます重要となっている。

 顧客エンゲージメントなどの分野では、多くの意思決定をより反射的なもの、すなわちリアルタイムの、自動化された、反応の素早い形にすることは可能であり必須だ。同時に、キャンペーンの企画やリソースの配分といった従来の熟考型の意思決定も、データへのアクセスの向上、責任の所在の明確化、引き継ぎの削減を通じて速めることができる。

 目標は熟考を反射的な意思決定に置き換えることではなく、可能な部分で熟考を加速させることである。つまり、思考から反応へ転換するのではなく、熟考のスピードを上げ、よりスマートに反応することで、遅れることなく先行するのだ。

 企業はすでに、顧客エンゲージメントの意思決定の一部をより反射的な──即時的で、AIに主導され、ワークフローに組み込まれた──ものに切り替え、より迅速なインサイトの創出を通じて熟考型の意思決定のスピードを上げることで、成果を上げている。

 多くの企業はAIツールを用いて、営業担当者によるリード(見込み客)の優先順位付け、次に取るべき最適なアクションの決定、解約リスクの察知を助けている。マイクロソフトの「デイリー・レコメンダー」のシステムは、顧客データとエンゲージメント履歴をもとにタイムリーな提案を提供し、営業生産性を40%向上させた。これには顧客と対面する時間の増加や、リードから商談への転換率の向上などが含まれる。

 あるバイオ医薬品会社では、医療機関への訪問の準備をする営業担当者は、自然言語対応のAIツールに「私の担当地域における最新の処方傾向を教えてください」と尋ねる。システムはすぐに、地域データ、最も処方されている医薬品に関する知見、訪問のスケジュールやサンプル提供の提案を添えて返答する。以前は数日を要していたインサイトは、いまや数分で入手できる。

 モルガン・スタンレーは言語・視覚AIを活用し、顧客とのコミュニケーションの要約、パーソナライズされた提案の作成、伝えるべき重要ポイントの生成などを通じてコンテンツの作成を効率化している。このAIアシスタントによって、人間のアドバイザーは10万点を超える社内文書から要約された知見を抽出でき、より迅速で多くの情報に基づいたクライアントとの対話が可能となっている。

 これらの事例は、組織がいかにして遅い意思決定プロセスから、リアルタイムかつワークフローに組み込まれた支援へと移行しているのかを示すものである。反射的なシステムは、反復可能で一刻を争う意思決定を引き受ける。一方、より高速な熟考用ツールは判断ベースの行動を加速させ、顧客にその場で、最適なタイミングで応えるために必要なスピードとインサイトを営業担当者に提供する。

 サプライチェーンやフルフィルメントといった領域でも、企業はリアルタイムでの意思決定に切り替えている。ワクチン会社はいまや診療所と薬局の在庫をリアルタイムで追跡し、時系列推移の予測のみに頼るのではなく、実際の需要に応じて出荷を調整している。今後の患者の予約状況、地域での感染拡大、国勢調査データといったリアルタイムのシグナルに注目し、最も必要な場所に供給を素早く振り向ける。

 新型コロナウイルス感染症の発生後、米政府は「ティベリウス」によってこの能力を加速させた。「ワープスピード作戦」の一環として開発されたこのソリューションは、需要、供給、物流のデータをほぼ瞬時に可視化して連携させる。

プロジェクトの意思決定のタイムラインを短縮する

 今日の営業・マーケティング組織は、複数の機能にわたって意思決定サイクルを飛躍的に加速させている。いくつかの例を以下に挙げよう。

 担当地域の策定を例に取ると、年に1度の実施からジャストインタイムのプロセスへと進化した。あるバイオ医薬品会社では最適化アルゴリズムが、フォーミュラリー(地域や医療機関における推奨医薬品リスト)の変更や地域の欠員に基づいて、顧客アカウントをリアルタイムで再配分する。B2Bの営業担当者の離職率が平均25~50%に上り、市場カバー率の維持に向けて継続的な調整が求められる環境において、この敏捷性は不可欠だ。

 市場調査も同様に、1カ月間にわたる調査から、デジタルプラットフォームとAI主導の分析を通じてのほぼ即時的なインサイトへと変革された。メディア広告枠の買い付けは、固定的で事前計画型のアプローチから、リアルタイム型に変わっている。最新のアドテックのプラットフォームは、視聴者の行動とキャンペーンのパフォーマンスをミリ秒単位で評価し、かつては四半期ごとの企画会議に限られていた最適化の意思決定を、リアルタイムで行っている。

 頻度の高い意思決定──たとえば次に取るべき最適な顧客対応、コーチングのパーソナライズ、特定の顧客に特化したアウトリーチマーケティングの実行など──には、バーティカルスライスの考え方が有効だ。つまり、シグナルから行動、そして測定へと至る小規模で自己完結型のワークフローである。

 例としてeコマースでは、カート放棄が発生すると、AIツールがカスタマイズされたコンテンツを選択し、自動メールで送信し、コンバージョンを追跡する。その間の引き継ぎは必要ない。同様に、営業担当者へのコーチングのバーティカルスライスは、パフォーマンスデータを統合し、AI主導のインサイトを生成し、適切なコーチング資料を提供し、フィードバックを収集する。どちらのケースでもスライスは自律的に実行されるため、ソリューションの展開と改良が迅速に行われる。

 頻度の低い戦略的意思決定には、連携されたデータと、すぐに利用可能なアナリティクス資産の基盤が役に立つ。アナリストは複雑な疑問について、迅速に調べてインサイトを生み出すことができる。計画立案、市場参入分析、担当地域の策定などのための事前構築済みモデルは、バーティカルスライスの概念を戦略レベルで適用し、データの前処理をして整える作業とモデル構築のボトルネックをなくし、より迅速かつデータに基づく選択を可能にする。

 実行のタイムラインも短縮しなければならない。頻度の高い意思決定では、自動化およびローコードやノーコードのプラットフォームがより迅速な展開を後押しする。

 重大な意思決定が組織の多くの人々や部門に影響を及ぼす場合、実行までのタイムラインは非常に長引くことがある。たとえば某ハイテク企業は、営業部隊の大規模な体制変更──役割の明確化、人材募集、オンボーディング、研修を含む──の実施に以前は9カ月を要していたが、わずか2カ月に短縮した。営業成績管理、応募者追跡、学習管理のシステムを連携させることで、現在の同社はリアルタイムのパフォーマンス分析を用いて採用要件を作成し、それらが自動的に人材募集プラットフォームに提供される。

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 市場が加速的なペースで進化し続ける中、十分な情報に基づく意思決定を迅速に行う能力は──その手段が自動化された反射的なシステムであれ、熟考プロセスの高速化であれ──市場リーダーと後進企業との差をますます広げることになる。深く考えて素早く行動し、意思決定の速度を価値創出と競争優位の源泉に変えることができる組織が、未来を手にするのだ。


"Companies Are Using AI to Make Faster Decisions in Sales and Marketing," HBR.org, June 06, 2025.