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ジェンダー賃金格差は、女性を増やすだけで解消すると思い込んでいないか
ジェンダーによる賃金格差は、少なくとも南北戦争時代から存在した。1869年の『ニューヨーク・タイムズ』紙の読者投稿は、政府で働く女性に対する不当な扱いが暴露されており、「性別に関係なく、同一労働には同一賃金が支払われるべきだ」と主張している。それから156年たったいまも、女性の賃金は男性の賃金の83%程度に留まっている。この水準は過去20年間ほとんど変わっておらず、経済協力開発機構(OECD)の加盟国でも総じて同じような状況だ。
この根強い男女間の賃金格差には、さまざまな説明が存在する。女性は男性よりも低賃金の仕事や短時間労働を選択しがちだからとか、家族の世話のために外で働くのを辞めるからとか、ジェンダーに基づく偏見や差別に直面するから、といったことだ。その一方で、女性従業員の割合を増やしさえすれば、賃金格差は自然に解消するとの主張もある。
この、「とにかく女性を加えて、かき混ぜる」というアプローチが重要であり、一定の改善をもたらしうることはわかる。だが、根強い賃金格差を解消するためには、それだけでは不十分だ。では、特定の職業における女性の割合がどのくらいになれば、男性と比べた時の女性の賃金水準に有意な影響が生じるのか。
筆者らのこの研究は、『イクオリティ・ダイバーシティ・アンド・インクルージョン』誌に掲載されたもので、ある職業で女性従業員の割合が高まると、賃金格差の縮小につながることを明らかにした。ただ、そこにはティッピングポイント(大きな変化が起こる転換点)がある。ある職業で、女性の割合が一定レベルを超えると、賃金格差の縮小は鈍化するのだ。このシフトは、女性の割合上昇と賃金格差縮小の関係が、一般に思われているよりも複雑であることを示唆している。「女性が増えさえすれば、賃金格差は縮小する」という単純な話ではないのだ。
研究の概要
この分析は、カナダの労働市場を対象に行われた。世界経済フォーラム(WEF)のジェンダーギャップ指数によると、カナダの労働市場は、米国よりもOECD諸国の動向を反映しているからだ。また、カナダのデータには、さまざまな業界の専門職、上級管理職、中間管理職、アシスタント職、介護提供者など、40の職種が含まれており、賃金格差を調べるのにとりわけ有用だ。この40の職種は、カナダの雇用のほぼすべてをカバーしている。そこで各職種について、1997年から2018年までの22年間のデータを分析した。いずれの職種でも、ジェンダー賃金格差とは、女性正社員の賃金の中央値を、男性正社員の賃金の中央値で除した数値と定義される。
分析の結果、ジェンダー賃金格差は、その職種で女性従業員の割合が14%以下の時、つまりかなり少ない時のほうが迅速に縮小することがわかった。ところが、女性の割合が一定レベル(ティッピングポイント)を超えると、格差縮小は続くものの、そのペースはずっと遅くなった。たとえば、ティッピングポイントに達する前、ある職種で女性の割合が1%ポイント増える(たとえば8%から9%へ)と、賃金格差は大きく縮小した。ところが、それ以降の賃金格差縮小のペースは鈍化し、同じレベルの格差縮小を達成するには、女性従業員の割合が約3.6%ポイント(たとえば20%から23.6%へ)増える必要があった。
なぜティッピングポイントが存在するのか
筆者らが特定した14%というデータポイントは、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のロザベス・モス・カンター教授がトークニズム(形式だけの少数派抜擢)について明らかにした画期的な研究と一致する。カンターは、あるグループが別のグループよりもはるかに大きい時のダイナミクスを調べ、「偏った」集団とはその比率が85:15の時と定義した。15%までは、少数派は多数派からの二極化圧力、すなわちステレオタイプに従うよう圧力を受ける。究極的には、少数派に属する人たちは個人としてではなく、シンボルつまりは「形だけの存在」(トークン)と見なされることが多く、その待遇が原因で疎外感を覚える場合がある。
しかし、そのまばらなプレゼンスと異質な存在という立場は、視認性を高める役割も果たす。そして、公平性を高めるべきだとか、多様性の目標を達成する(本研究の場合、ジェンダー平等を高める)べきだという社会的または法的圧力が存在する時、企業は、組織の評判とイメージを守るというインセンティブゆえに、女性従業員の割合を増やす、ないしは賃金格差の改善を図るよう促される。つまり、格差を縮小するために、より意図的な努力がなされ、初期の進展がもたらされる。
ところが、こうした初期の進展がもたらされて、社会的または法的圧力が和らぐと、組織は問題が解決したと思い込み、その取り組みを時期尚早に縮小してしまうおそれがある。女性従業員の割合が高まると、ジェンダーの壁が取り払われて、公平性が高まったという認識が生まれる場合がある。登山家が、まだ登る道が残っているにもかかわらず、山頂に到達したと勘違いするのと同じように、組織は賃金平等が十分達成されたと性急な判断を下して、改革を止めてしまうかもしれない。
前進を続ける
ティッピングポイント以降、ジェンダー賃金格差の是正は鈍化するものの、よいこともある。筆者らの研究では、2002年までに、ほぼすべての職種で、1997年よりも賃金格差が大幅に縮小したのだ。この改善は残りの調査期間も続き、2018年までに全40職種のうち36職種で賃金格差は縮小した。2023年のノーベル経済学賞を受賞したハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授が指摘しているように、「各職種内における賃金の均等化は、職種ごとの(男女の)割合の均等化よりもはるかに重要だ」。各職種内での均等賃金(同一労働・同一賃金)が実現すれば、たとえ職業のジェンダーギャップ(特定の職種で男性あるいは女性の割合がいびつに高いこと)のように社会に染みついた慣行が持続しても、全体的な賃金格差は縮小する。
ただ、女性の割合が上昇している職業では、ジェンダー賃金格差の縮小がいちだんと進んでいることもわかった。調査期間全体を通じて、全40職種のうち女性の割合が増えている31の職種で、1997年から2018年までに賃金格差は平均10.6%ポイント縮小した。これは女性の割合が減った9つの職種における賃金格差の縮小(5.6%ポイント)のほぼ2倍に当たる。
究極的には、賃金格差を解消するためには、女性の割合を増やすのと合わせて、同一労働・同一賃金を確保すること、そして真の進歩が得られるまで努力の手を緩めないことが重要だ。
* * *
筆者らは「頂上の錯覚」を発見したものの、だからといって均等賃金は実現不可能というわけではない。ただ、賃金格差を解消する道のりは、当初思われたよりも長く、そして組織は均等賃金に向けた努力を緩和するのが早すぎるようだということを示しているにすぎない。ティッピングポイントを過ぎても、賃金格差解消は進み続けるが、そのペースが落ちることを、筆者らの研究は明らかにした。これは、ジェンダー賃金格差を解消するためには、女性の割合を増やすことと、同一労働・同一賃金の両方を実現する必要があることを示している。均等賃金という持続的な目標を達成するためには、組織は初期の進捗が見られた後も努力を続けて、自己満足することを避けなければならない。
"Research: The Gender Wage Gap Tipping Point," HBR.org, July 10, 2025.






