AIを理解することが、必ずしもAIを受け入れることにつながらない理由
HBR Staff Using AI
サマリー:AIは私たちの生活やビジネスを大きく変えつつあるが、その受容のされ方は一様ではない。新しい研究によれば、AIに詳しくない人ほど「魔法のような存在」と感じて積極的に導入しようとする一方で、AIに精通している人... もっと見るほど関心を失う傾向があるという。本稿では、AIに関する知識を深めても導入が進むとは限らないという逆説的な発見を踏まえ、企業の採用戦略や商品開発、マーケティングに対する意味を説明する。 閉じる

AIへの理解が深まると、AIへの関心が弱まる

 AIはいまや影のアシスタントとして、私たちがどのように情報を検索し、スクロールし、買い物をし、仕事をするかに、ひそかに影響を与えている。AIはメールの下書きを作成し、フィードを選別する。教育や医療、職場においても、意思決定を導くようになっている。AIがますます商品やサービスに組み込まれていく中で、重要だが見過ごされがちな疑問が浮かび上がる。なぜある人々はAIを熱心に受け入れる一方で、他の人々はためらいを見せるのか。

 筆者らは2025年前半に『ジャーナル・オブ・マーケティング』誌に発表した新しい論文で、ある意外なパターンを明らかにした。それは、人はAIとその仕組みについて知れば知るほど、AIを積極的に受け入れにくくなるというものだ。このパターンは、2つのデータセットを組み合わせて検討することによって浮かび上がってきた。一つは世界各国のAIリテラシーを測定したデータ(トータス・メディアによる「AI人材」のレベルの評価に依拠)、もう一つはAIの使用に対する国レベルの関心を測定したデータ(市場調査会社イプソスの調査)である。

 それによると、全体的にAIリテラシーが低い国の人々はリテラシーレベルが高い国の人々に比べて、AIの導入を受け入れやすい傾向があった。さらに、米国在住の数千人(大学生や、年齢・性別・民族・地域分布において米国を代表するように選ばれたオンラインサンプルを含む)を対象とした他の6つの研究でも、一貫して、AIリテラシーが低いとAIへの受容性が高いことが予測されるという結果が出た。

 筆者らの研究では、AIの知識が比較的乏しい人々のほうがAIへの関心が高いのは、彼らがAIの能力や倫理性を高く評価しているからではないことがわかった。むしろその逆で、リテラシーの低い人はAIの能力を低く評価し、倫理的にも問題があると見なしていた。にもかかわらず、自分自身が使用しており、他の人々も使用することを望む傾向があった。

 この意外な結果を、どう説明できるだろうか。つまるところ、人々がAIをどう認識しているかによるのだ。AIの知識があまりない人は、AIがタスクを遂行するのを想像すると、まるで魔法のように感じられて驚嘆する。この「魔法」という感覚が熱意をかき立てる。

 だがAIリテラシーの高い人は、アルゴリズムやデータトレーニング、計算モデルといったメカニズムを理解しているので、AIに神秘的なものを感じない。マジックの仕掛けを知っている時のように、知識があればそれはもう不思議ではなくなるということだ。そして、AIを使うことへの興味も薄れる。

 AIの使用に対して関心の差がいっそう顕著なのは、詩を書く、作曲する、ジョークを言う、アドバイスを提供するなど、一般に人間特有と見なされるタスクである。こうした創造性と感情に関わる領域では、AIリテラシーの低い人は、特にAIが魔法のように見えて、進んで委ねようとする。一方、大量の演算やデータ処理などロジックに基づくタスクでは、AIがどのようにタスクを処理するかが明白なので魔法が消え、この傾向は弱まり、むしろ逆転することさえある。

 これまでは、教育すればおのずとテクノロジーの導入が進む、というのが中心的な前提だったが、こうした研究結果はその前提に疑問を投げかけている。現実には、AIについての知識が増すほど、AIを搭載した商品やサービスへの関心が薄れる可能性があるのだ。

 筆者らの研究は、消費者のAIに対する関心と導入に焦点を当てているが、どのような人がなぜAIを受け入れるのかを理解することは、組織の採用戦略や商品設計、マーケティングなど、幅広いビジネス上の意思決定にとっても重要な意味がある。どのように役立てられるかを以下で説明したい。

マネジャーや従業員のAIリテラシーを評価すること

 マネジャーや従業員のAIに対する考えは、自身のAIリテラシーのレベルに影響される可能性がある。AIリテラシーが低いと、人材採用、会計、商品設計、マーケティングといった業務領域において、たとえAIが最適な解決策でなくても、AIを受け入れやすくなる傾向がある。一方、AIリテラシーが高い人は、より十分な情報に基づき、感情に左右されない見方を持つため、より慎重になり、興味を示さないことさえある。それはAIが劣っていると思うからではなく、それほど新規性や変革性を感じないからである。