企業が意思決定に活用すべき経済指標の読み解き方
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サマリー:企業の最良の意思決定には、客観的データに基づく分析が不可欠である。トランプ大統領による労働統計局長の解任でデータ操作の懸念が生じたが、経済統計の信頼性は維持されている。本稿では、企業が現在注視すべき消... もっと見る費や労働市場の持続性、関税の影響、FRBの独立性、ドル離れの動向について解説する。 閉じる

企業は意思決定にデータをどう使うべきか

 筆者らは2025年3月の記事(日本版は2025年4月に掲載)で、不確実性のただなかで企業が最良の意思決定を行うために、ニュースの見出しではなく客観的な経済データに注目する必要があると指摘した。それはいまも変わらない。ただし、この半年の間に経済を取り巻く課題は変化しており、短期および長期の計画を立てる際に注視すべきデータも変わってきている。

 まず、データの信頼性について考えておきたい。8月1日、トランプ大統領は労働省労働統計局(BLS)の局長エリカ・マッケンターファーを解任した。月次の雇用統計で通常行われている修正作業が、政治的理由で「不正に操作された」と主張したのだ。しかし、雇用統計が不正に操作されている証拠は存在しない。むしろ、この解任は、今後データが政治的理由で操作されたり、公開に制限がかかったりするのではないかという疑念を呼び起こしている。

 もっとも、労働統計局のデータをあからさまに改竄することは困難である。データの作成には数多くの専門的な公務員が関わっており、研究者やエコノミストなど、この情報を追跡している人々に気づかれずに改竄することはまず不可能だ。現時点において、政府の経済データは引き続き信頼に値すると考えられる。したがって本稿も、企業が最良の意思決定を行うための正確かつ利用可能な情報源として、引き続き有効であるという前提で議論を進める。

 企業が現在、直面している喫緊の課題には以下のようなものがある。

・消費者と労働市場は持ちこたえているのか。
・関税の打撃はどの程度か。
・米連邦準備理事会(FRB)が独立性を失っていることなど、米国の政治的安定性へのリスクを市場はどのように織り込んでいるか。
・投資家はドルから離れつつあるのか。

労働市場の現状

 3月の記事では、労働市場が悪化しているかどうかを判断する材料として、労働市場のデータに言及した。それらの指標(たとえば新規失業保険申請件数)は依然として有効である。雇用の伸びが鈍化し、経済が減速しているという示唆もある。しかし、それは大規模な国外追放措置や移民減少の影響とも考えられ、実際の判断は難しい。7月の雇用統計で雇用者数の伸びは予想を大きく下回ったが、失業率は大きく上昇しておらず、4.2%という低い水準に留まっている。

 消費者の動向も注視する必要がある。政府の公式データでは、消費者支出(個人消費)は新たな関税が発効する直前の数カ月は先行きの不透明感から変動が激しかったものの、その後は堅調に推移している。筆者らが市場調査企業NIQ(ニールセンIQ)の消費支出データを分析した最近のレポートでも、消費支出が減速し始めている、あるいは消費者の負担感が高まっている兆候は確認されなかった。ただし、消費支出が米国経済の主要な牽引役であることを踏まえて、継続的な監視が重要である。

関税のコスト

 経済が直面している逆風の一つは、言うまでもなく関税である。ただし、関税に大きな注目が集まっているが、現時点でその影響が全面的に表れているわけではない。実効関税率は、トランプ政権の関税措置がすべて実行された場合に筆者らイェール大学予算研究所は約20%と予測しているが、6月の時点で約10%に留まった(編集部注:7月に20%を超えたという国際商業会議所(ICC)の試算もある)。その理由の一つは、輸入業者が関税免除の対象国をより多く活用していることだ。特にカナダからの輸入はその傾向が顕著で、1月は輸入品の79%が関税を免れていたが、6月には92%に達している。実効関税率を注視することは、関税が経済に完全に「織り込まれる」までどの程度、余地が残されているかを把握するうえで重要である。