【ミンツバーグ教授×入山教授対談】北海道で「リバランシング・ソサエティ」を担うモデルケースを探す旅
サマリー:『マネジャーの仕事』『戦略サファリ』などの著書で知られる経営学の巨匠ヘンリー・ミンツバーグ教授は近年、資本主義に基づくビジネス偏重の世界に警鐘を鳴らし続けてきた。健全な社会を取り戻すには、政府(公共)... もっと見る/企業(民間)/多元(社会)の3セクターのバランスが取れていなければならないと指摘し、「リバランシング・ソサエティ」の重要性を訴えている。なかでも多元セクターが果たす役割に期待するミンツバーグ教授は、その一つの担い手である「コープさっぽろ」を今年5月に1週間かけて視察した。今回の視察を経てどのような気づきがあったのか、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が聞いた。 閉じる

『戦略サファリ』などの著書で知られる経営学の巨匠ヘンリー・ミンツバーグ教授は近年、資本主義に基づくビジネス偏重の世界に警鐘を鳴らし続けてきた。健全な社会を取り戻すには、政府(公共)セクター、企業(民間)セクター、多元(社会)セクターのバランスが取れていなければならないと指摘し、10年前に著書『リバランシング・ソサエティ』(邦訳『私たちはどこまで資本主義に従うのか』)を上梓して以降も、その重要性を訴えている。
なかでも多元セクターが果たす役割に期待するミンツバーグ教授は、その担い手の一つである「生活協同組合コープさっぽろ」を2025年5月に1週間かけて視察した。 同組合は1998年に事実上の経営破綻に陥ったのち再建を図り、小売りを軸に物流や食品製造工場などを関連会社化して垂直統合したほか、配食や移動販売などに多角化を進めてV字回復を遂げ、2024年度は総事業高(売上高)3091億3200万円、事業剰余(営業利益)50億9400万円を挙げている。今回の視察を経て、ミンツバーグ教授にどのような気づきがあったのか、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が聞いた。(翻訳協力:WILVAL HOUSE藤井正子)

現代社会における3つのアンバランス

入山章栄教授(以下、入山) ミンツバーグ先生は近年、健全な社会を取り戻すために、政府(公共)/企業(民間)/多元(社会)の3セクターのバランスを取る「リバランシング・ソサエティ」が必要とお考えになっています。その背景について、改めて教えてください。

ヘンリー・ミンツバーグ教授(以下、ミンツバーグ) 現代の社会においては、3つの代表的な「アンバランス」(不均衡)が見られます。

ミンツバーグ リバランシング・ソサエティ
ヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg)
カナダのモントリオールにあるマギル大学ジョン・クレグホーン講座教授。コーチングアワセルブズ・ドットコムの共同設立者兼パートナー。主な著書に『マネジャーの仕事』(白桃書房、1993年)、『MBAが会社を滅ぼす』(日経BP社、2006年)、『私たちはどこまで資本主義に従うのか』(ダイヤモンド社、2015年)など、主な共著に『戦略サファリ第2版』(東洋経済新報社、2012年)など。1939年生まれ。

 1つ目は共産主義で、政府が支配的な体制です。代表例は中国です。
 2つ目は資本主義で、ビジネス=民間セクターが支配的です。代表例は米国で、その他のリベラルな民主主義国がこれに含まれます。
 3つ目はポピュリズムで、国によって支配の形は異なります。ロシアでは国家主義、トルコやイスラエルでは宗教、イランなど他の国々にもさまざまなかたちで見られます。米国にもポピュリズム的傾向が強まっています。

 米国で広く信じられている解決策は資本主義を修正することですが、それでは問題は解決しません。かつてソビエト連邦において、共産主義を修正しても体制が立ち直ることはなかったのと同様です。必要なのは資本主義の修正ではなく、「社会全体の修復」なのです。もちろん、資本主義にも修正すべき点はあります。特に株式市場のあり方には問題があります。しかし、それを直しただけでは社会の本質的な問題は解決しません。

入山 ミンツバーグ先生は、社会のバランスを取り戻すリバランシング・ソサエティの強力な担い手として、図表1にある政府(公共)/企業(民間)/多元(社会)という3つのセクター(図表1「社会を支える3つのセクター」)のうち、とりわけ多元セクター(plural sector)に大きな期待を寄せておられます。
 今回はその多元セクターの一例として、北海道に本拠を置く「生活協同組合コープさっぽろ」を1週間かけて視察されました。スーパーを中心とした小売りを軸に、物流や食品製造工場などを関連会社化して垂直統合したほか、配食や移動販売などに多角化を進めています。さまざまな取り組みをご覧になってみて印象に残ったことや、リバランシング・ソサエティのお考えに影響したことなど聞かせてください。

私たちはどこまで資本主義に従うのか
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図表1「社会を支える3つのセクター」

ミンツバーグ 現在の世界では、先ほども挙げた3つの超大国――中国・アメリカ・ロシアが、まるで校庭で争う3つの不良グループのように、バランスを欠いたまま互いに争っています。このままでは、私たちは破滅に向かうしかありません。

 コープさっぽろ訪問のお誘いを受けた時、「これこそが(リバランシング・ソサエティ実現に必要な)別のモデルなのではないか」と予感していたのですが、実際にその通りでした。

入山章栄 ミンツバーグ
入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013年から現職。DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューで「世界標準の経営理論」を連載中。

 社会は、次の3つのセクターに支えられています。
・政府セクター:政府など公的機関
・民間セクター:ビジネス(一般企業、中小企業)
・多元セクター:コミュニティベースの組織

 一般的に「コープ」(協同組合)はビジネスの一形態ですが、民間セクターのビジネスではありません。コープは、投資家や株主、単独の起業家に所有されているのではなく、出資する組合員に所有されているからです。そして、運営においては「1人1票」という原則が貫かれています。

 この点が、通常のビジネス(=民間セクター)とは異なります。コープは通常、コミュニティを基盤とした多元セクターに属します。

 コープさっぽろのさまざまな取り組みについて、私たちが北海道各地を回りながら直接見て回って得た結論は、「コープさっぽろは、単なる協同組合ではない」ということです。言い換えると、コープさっぽろは、協同組合によって組織された「社会的企業の連携体」(an affiliation of social enterprises)といえます。

 コープさっぽろは単なる協同組合でもなければ、協同組合の連合体(federation)でもありません。さまざまな社会事業の連携体 (affiliation)なのです。

入山 協同組合というと、世界でも有名なスペインの「モンドラゴン協同組合」がありますが、これとコープさっぽろを比較して似た点や異なる点はありますか。

ミンツバーグ 形態が異なります。「モンドラゴン協同組合」は複数の独立した協同組合が連携した組織です。モンドラゴンという枠組みのもとに複数の独立した協同組合がゆるやかに連携しています。一方で、コープさっぽろはさまざまな事業をみずから立ち上げ、展開しています。コープさっぽろの組合員であるということは、コープさっぽろという組織の一部であることを意味しますが、興味深いのは、すべての事業・活動は組合員だけに限定されているわけではなく、地域に開かれているものもある、という点です。

 コープさっぽろのスーパーマーケットは非組合員の方も含めて誰でも利用できますが、宅配サービスのように多くの事業は、組合員のみを対象としています。組合員対象のサービスの中には、第1子をもうけた方にベビーケアアイテムやベビー服を詰め合わせたギフトとして「ファーストチャイルドボックス」と呼ばれる支援プログラムがあり、これは加入を促すマーケティング的な機能も果たしているようです。

入山 そうですね。コープさっぽろの事業の中には、組合員だけが利用できるものもあれば、組合員以外も利用できるものもあります。

  • 一般的な協同組合との違い

ミンツバーグ コープさっぽろという組織の内側だけでなく、地域社会を対象にしている点がポイントです。その点で、一般的な協同組合とは異なる形で活動を広げており、地域社会との統合を意識した取り組みを行っています。だからこそ私たちは、これを「協同組合によって組織された社会的企業の連携体」と表現したのです。

 協同組合(Co-op)は、あくまで「組織のかたち」や「構造の枠組み」の形式です。そして通常の協同組合は、一つの事業に特化して存在しています。

 米国の「共済」にあたるような、契約者が組合員となる保険会社も広く知られていて、契約者がそのまま組合員になりますが、それも基本的には「1つの事業に対応する1つの協同組合」にとどまっています。

 ところがコープさっぽろは、それとは異なるあり方をしています。単なる協同組合ではなく、セクターの再編成(realignment)に近いものです。

ミンツバーグ リバランシング・ソサエティ
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図表2「バランスのとれた社会」

 コープさっぽろは、図表2「バランスのとれた社会」の民間セクターと多元セクターの境界線上に存在しています。他の協同組合と同様に、多元セクターに属していますが、ビジネスとして機能しています。

入山 民間セクターと多元セクターの境界線上に位置する存在である点が、ユニークなんですね。

ミンツバーグ 人々のつながりによって成り立つ協同組合ですが、その影響力は北海道全体に広がっています。これは、北海道市民の約8割(世帯数ベース)が組合員であるという点だけでなく、実質的には市民のほぼ全員が何らかのかたちでサービスを利用できるという点にも表れています。スキー場のような営利事業は行っていませんが、多くのサービス活動を通じて、北海道においてゆりかごから墓場まで持続的な発展を支える組織として機能しています。

 私たちは「(リバランシング・ソサエティを支える)別のモデル」が必要だと考え、北海道各地を巡りましたが、明らかにコープさっぽろはそうした「別のモデル」であることが見えてきました。これは単なる協同組合ではありません。

 たとえば、アマゾンが単なる小売チェーンではなく、卸売や流通全体を再構成してきたように、コープさっぽろもより大きな意味を持つ存在となっています。
(第2回に続く)

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