産業界のシステムを変えた顧客の存在

 従来のビジネス競争は、いわば“演劇”のようなものだった。舞台上で役者はその配役をしっかり演じ、顧客はチケットを買って、それを受動的に観る。ビジネスになぞらえれば、企業や流通業者、サプライヤーは役者であり、それぞれの関係に基づいて自分に割り当てられた役割を理解し、その範囲内で行動する。

 ところが、状況はすっかり変わった。現在のビジネス競争は、どちらかと言うと、1960年代、70年代の「実験演劇」のような様相を呈している。そこではだれもがみな、役者として参加できる。

 B2B(企業対企業の取引)の世界では、これまで以上の役割を演じようという動きがすでに進行している。規制緩和やグローバル化、技術の選択と集中、インターネットの急速な進展など、既存の流れを断ち切る大きなうねりが訪れるなか、B2Bでは、従来の役割という定義は曖昧なものになってしまった。

 フォード・モーター(以下フォード)とその主要サプライヤーとの関係を考えてみよう。フォードのサプライヤーは、いまや原材料や部品をたんに言われるがままに供給するだけでなく、新型車の開発にも密接に関与するパートナーとなっている。一方、サプライヤー同士の競争が熾烈となり、利益を確保しようと価格交渉にも積極的である。

 なかには、自動車メーカーのライバルになりつつあるサプライヤーもいる。カナダのオンタリオ州マーカムに本拠のある自動車部品大手マグナ・インターナショナルは、自社で自動車を組み立てるという野望を持っており、それが実現する可能性は十分にある。

 流通業界でも状況は同じである。たとえばウォルマートとプロクター・アンド・ギャンブル(以下P&G)の関係を見れば、前者は後者の製品を販売するだけにとどまらない。売上げの日次データをP&Gと共有し、在庫管理にも協力し、消費者がほしいものをほしい時に低価格で入手できるようにしている。

 製品カテゴリーによっては、ウォルマートがP&Gと真っ向から競合しているものもある。ウォルマートが99年に発売したプライベート・ブランドの洗剤〈サムズ・アメリカン・チョイス〉などは、全米ではP&Gの人気ブランド〈タイド〉とぶつかっている。

 このような変化は、ここ数年、論議の的になっている。経営学者やコンサルタントなどの間では、「企業はまるで“家族”のように結びつき、かつ競争する」(competing as a family)企業間提携、ネットワーク、コラボレーション(協働・共創)が重要だと主張する人が増えている。

 以上のように産業界のシステムを変えてしまったのは顧客だとわかっていながらも、いまのところほとんど無視されたままにある(表1「顧客の進化と変容」を参照)。