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AIの「導入」にとらわれていないか
AIプロジェクトの95%は失敗するといわれている。この数字を発表したのはマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボのNANDAプロジェクトで、いまや数えきれないほど多くの戦略会議や基調講演の冒頭で言及されている。リーダーたちは当然ながら「どうすれば成功する5%に入れるのか」と自問する。しかし、この問いは本質的な問題を無視している。プロジェクトの設計段階で誤った目標を定めると、「正しい」ツールを構築し、「正しい」マイルストーンを達成したとしても、結果として失敗するのだ。
まさにそうした事態が今日のAIをめぐって起きている。企業はこぞってAIを導入しているが、それを変革のツールとして捉えていない。目新しい技術を購入し、従来のビジネスモデルにつけ足しているだけだ。AIを単なるアクセサリーとして扱っており、価値創造の仕組み全体を再設計するための強力な手段として扱っていない。
こうした姿勢は失敗につながる。もしAIの試行的な導入を検討しているのなら、「導入」にとらわれるのをやめ、「再構築」を真剣に考えるべき時だ。本稿では、新技術に対するこの2つの異なるアプローチが歴史的にどのような結果をもたらしたかを示し、AIとの関わり方を模索するリーダーのために、それらがどのような指針を与えるかを論じる。
撮影の価値
コダックの不名誉なストーリーは、一般的にこのように語られる。1975年に世界初のデジタルカメラを発明しながら、その技術が持つ変革の可能性を理解せず、より先見の明のある他社が市場を支配した後にようやく導入した──。しかし、コダックにとって問題は導入そのものではなかった。同社は2005年時点で米国のデジタルカメラ販売トップであり、デジタル印刷サービスも牽引していた。それにもかかわらず、わずか7年後に経営破綻している。
その理由を理解するには、フィルム写真が撮影画像の稀少性に基づくビジネスであったことを思い出す必要がある。画像の生成には手間と費用がかかり、フィルムやプリントの利益率は60~70%に上っていた。デジタル写真はこの稀少性を消し去った。画像はほぼ無制限に生成でき、デジタルカメラは低利益のハードウェアビジネスへと転化した。価値は、写真を撮る行為から、写真を整理、共有、保存するシステムへと移行したのだ。
コダックはその現実に適応できなかった。デジタルカメラを導入しながらも、それを単なるフィルムカメラの代替品として扱い、同社を何十年も支えてきた高収益の中核事業をみずから解体してしまった。さらに重要なのは、新たなエコシステムを形づくる補完サービスである写真共有プラットフォームや編集ツール、ストレージサービスに投資しなかった点だ。コダックは初期のオンライン写真共有スタートアップのオーフォトを買収したものの、ソーシャルプラットフォームや共有プラットフォームではなく、印刷サービスとして位置づけた。
結果として、「代替」という発想が利益を蝕み、補完製品の不在が新たな利益源への移行を阻むという、二重の打撃をもたらした。新技術を誤った目的で導入したことで、コダックは衰退を加速させた。
コダックと競合する富士フイルムは、同じ課題に対してまったく異なる対応を取った。フィルムを収益源とする時代は終わったと悟った同社は、化学、イメージング、材料科学の深い専門性を即座に隣接分野へ展開した。フィルム保存用に開発した抗酸化技術を使って化粧品やスキンケア製品をつくり、イメージング技術を医療診断に応用し、材料科学を医薬品や液晶画面の部品に展開した。







