排出量削減と収益向上を両立させるタイヤメーカーの挑戦
Illustration by Gabriel Masella
サマリー:厳しい中間市場で戦うタイヤメーカーのGitiは、追加コストを投じることなく、排出量削減と利益向上を両立させている。同社はサステナビリティを単なる社会貢献ではなく、競争戦略の中核として位置づけ、バリューチェーン全体を再設計することで環境負荷の低減を収益へと変換した。本稿では、同社の事例から環境インパクトとビジネス価値を整合させる4つの具体的な取り組みと、それを支える実践的なステップを紹介する。

環境への影響とビジネス価値を整合させる

 Gitiタイヤは、製造業において最も厳しい市場の一つである中間市場で事業展開している。シンガポールに本社を置き、インドネシア、中国、米国に重要拠点を持つ同社は、130カ国において、ハイエンドの高級ブランドからローエンドの低コストメーカーまでと競争している。高い性能を魅力的な価格で提供することが必須であり、非効率を許容する余地はない。

 過去3年間、Gitiは自社のオペレーションとサプライチェーン全体にわたり、温室効果ガス排出量を削減すると同時に、利益を向上させてきた。カーボンオフセットや炭素会計の不正操作によってではなく、サステナビリティを競争に不可欠な要素として扱うことによって、追加コストをかけることなくネットゼロを達成しつつある。

 このことに重要な意味があるのは、Gitiが世界の製造業における膨大な中間層を体現する存在だからだ。中間層の企業は贅沢な価格設定をする余裕はなく、かといって、コストだけでは競争できない。もしこの層でサステナビリティが成功するならば、ほとんどの層で成功するだろう。

 本稿執筆者の一人、ドナルド R. レサードはマサチューセッツ工科大学(MIT)で教授を務め、Gitiのサステナビリティ戦略を研究している。もう一人の執筆者、チョン・ハウ・パンはGitiの最高サステナビリティ責任者である。筆者らは共同でGitiのアプローチを研究し、環境インパクトとビジネス価値を整合させる4つの取り組みを特定した。どの取り組みも価値提案、バリューチェーン、価値獲得など、さまざまな角度からビジネスモデルに影響を与えている。さらに重要なのは、それぞれの取り組みがどの企業でも再現できる実践的なステップを踏んでいることである。

なぜタイヤが気候変動に重要な意味を持つのか

 2つの現実が、タイヤのサステナビリティの課題に影響を与えている。まず、環境フットプリントは、タイヤのライフサイクル全体に及んでいる。それは原材料(天然ゴム・合成ゴム、カーボンブラック、鋼鉄)に始まり、工場のエネルギー消費、走行性能、ライフサイクル終了時の廃棄にまで及ぶ。第2に、排出の大半は下流で発生する。工場の排出も重要だが、最大部分を占めるのはタイヤの使用時である。転がり抵抗(タイヤが路面を転がるのに必要なエネルギー)は燃料消費と気候インパクトに拍車をかける。

 つまり、製品の性能はサステナビリティと切り離せず、むしろ、サステナビリティの主要な要因なのである。

 Gitiのネットゼロ化への取り組みには、外部からの圧力と社内の強い意思が反映されている。Gitiグループ会長のエンキ・タンは、収益性と責任ある環境的・社会的実践のバランスを一貫して支持してきた。

 だが同社のアプローチは、イデオロギー的なものではなく実践的である。サステナビリティのすべての取り組みは、ビジネスを強化すべきと考えられている。

 Gitiは以下のような実践に取り組んできた。

1. サステナビリティを継続的な改善に組み込む

 中国安徽省にあるGitiの工場では、エンジニアがゴム製ブラダーの厚みを減らして、加硫工程を改良した。このシンプルな変更によって、伝熱性が向上し、品質を落とさずにサイクルタイムが短縮された。その結果、天然ガスやゴムの使用量を削減し、CO2排出量を大幅に減少させるとともに、さらにはエネルギーや原材料の投入量を抑えることで、年間10万ドル以上のコスト削減を実現した。

 この成功の理由は、既存設備の範囲内でオペレーション効率の向上を図ったことにある。大きな設備投資を必要としなかったため、変動費が直接的に低減され、余剰能力が増した。また、環境面での成果がコスト面、スピード面の優位性と対立するのではなく、むしろそれらを強化することが証明されたので、社内の自信は高まった。

実践する方法:最もエネルギーを消費するプロセスや、最もサイクルが長いプロセスに的を絞って見直しをしよう。もし明日からカーボンプライシングが自社の損益に直接影響するとしたら、どのようにそれらのプロセスを再設計するかを考える。品質を落とさずに、時間、温度、材料の厚みを減らす調整を優先する。単位当たりコスト、エネルギー強度、サイクルタイムを追跡して、改善を財務面、環境面の成果に転換する。早期の成功は機運をつくり出す。

2. コンプライアンスを市場アクセスに転換する

 欧州森林破壊防止規則(EUDR)は、欧州に製品を販売する企業に、原材料が森林破壊に関連せず、原産地まで追跡可能であることの証明を求めている。タイヤメーカーならば、原材料は天然ゴムだ。天然ゴムは東南アジアのサプライチェーン全体にわたり、構造的な森林破壊と社会的リスクを伴う商品である。

 この流れを予期していたGitiは、農場レベルのデータを品質および購買システムに統合して、エンド・トゥ・エンドのトレーサビリティ(追跡可能性)を確立した。EUDRの施行日は、業界の反発によって2024年から2025年に延期されたが、Gitiは当初のタイムラインを堅持した。重要なのは、Gitiがサプライヤー保証を既存の品質保証の機能に組み込み、独立した部署を創設しなかったことである。そのため、コンプライアンス対応の追加コストを抑えながら、中核システムを強化することができた。

 この取り組みの成果は、規制に対する対応に留まらなかった。早期にコンプライアンスを遵守したことで、欧州の自動車メーカーのGitiに対する信用が高まり、Gitiは従来ならばアクセスできなかったOEM(相手先ブランド製造)案件への参入の機会が与えられた。ネットワーク内のゴム農場経営者や加工業者は、多くのバイヤーにとって魅力あるサプライヤーになり、エコシステム全体が強化された。

実践する方法:自社の原材料の最大リスクや、市場に新たに現れた最も厳しい規制要件や顧客の要件を特定する。こうした圧力ポイントについて、最も要求の高いバイヤーの期待を満たす、的を絞ったトレーサビリティを構築しよう。そして、そのケイパビリティを販売提案の一部として位置づけ、言葉による保証だけではなくエビデンスによって裏づける。カーボンクレジット市場や生物多様性クレジット市場が成熟するにつれて、サステナビリティが認証された生産者は、新たな収入源にアクセスし、サプライヤーとメーカーの収益性を高めることができるだろう。

3. 工場の排出量だけではなく、顧客へのインパクトを意識して設計する

 転がり抵抗は、トラック輸送においては燃料消費の約3分の1、乗用車では最大で5分の1を占めている。転がり抵抗の低減は、直接、走行距離の増加と排出量削減につながる。これは顧客が実際に認識し、価値を感じるメリットだ。

 Gitiは、転がり抵抗を低減できる設計の化合物や構造を開発している。こうした設計はR&Dへの投資と、時にはグレードの高い材料を必要とする。だが、燃費の向上、排出量の削減、そして多くの場合、タイヤの寿命向上といった直接的な価値提案ができる。こうしたメリットが組み合わさると、プレミアム価格の設定が可能になり、性能を注意深く監視しているフリート顧客(複数の車両を所有する顧客)との関係が強化される。

 こうした取り組みが重要なのは、使用段階での改善によって、顧客はスコープ3の排出量を削減できるからだ。この指標は、多国籍企業の調達に関する意思決定において、影響力を強めつつある。もし競合他社の性能への投資が不十分ならば、ただ「グリーン」な製品というだけではなく、高価値な製品として位置づけ、差別化することができる。

実践する方法:顧客の総所有コスト(TCO)を数値化し、この数値を大きく変える製品を設計しよう。見込み顧客、特に燃料やエネルギーについて精密な測定能力のあるフリート顧客(大口契約者)と協力して、コスト削減効果を検証するとともに、性能データを共有する。そして、その成果を共同で市場に売り込む。耐久性があり効率が向上する製品を推進するキャンペーンを継続すれば、さまざまな市場で受け入れられるだろう。

4. 自動運転EVのロジスティックスを再考する

 2024年後半、Gitiは現地のテクノロジー企業と提携して、都市部の倉庫とサービス店舗間で自動運転の電気自動車(EV)による配送テストを実施した。このパイロットプロジェクトは数十のディーラーと数百の店舗に拡大しており、複数の都市に広げる計画がある。この自動運転EVは予測可能なルートでの燃料と労働コストの両方を低減し、同時に配送頻度とサービスの質を向上させる。

 このアプローチが成果を挙げている理由は、交通量の多いルートでの頻繁な短距離移動では、自動運転EVが経済的だからである。また、この取り組みを通して、Gitiはスマートシティのロジスティックスをよく理解できるようになった。そうした理解は、急成長市場がカー・ライト地区(自動車の利用を抑制し、公共交通機関の利用を優先する地区)と新しい移動パターンを模索している現在、ますます重要性を増している。

実践する方法:頻繁な短距離移動があってEVが経済的な選択肢となる、交通量の多いルートを特定しよう。定義されたジオフェンス(仮想上の地理的境界線)内で、監督つきの自動運転またはリモート支援のオペレーションから始め、デジタルインフラでリアルタイムのルーティング(経路指定)、在庫可視化、自動発送をサポートする。1配送先当たりのコスト、定時運行率、1配送当たりの排出量を追跡し、オペレーションのデータを収益面・環境面での成果につなげる。

ビジネスモデル全体を見渡す

 Gitiのケースでは、以上4つのそれぞれの取り組みがビジネスモデルのさまざまな側面を強化している。

・価値提案(バリュープロポジション):燃費の向上と信頼性の高い配送は、顧客が認識し、時にはそのために費用を出すメリットである。

・バリューチェーン:より効率的なプロセス、追跡可能な原材料、デジタル化されたロジスティックスは、無駄とリスクを減らす。

・価値獲得(バリューキャプチャー):検証済みのコンプライアンスは入札を勝ち取るのに有利。測定可能なTCO削減効果は、価格の妥当性を裏づける。効率向上の成果は、最終利益に表れる。

 これらの取り組みで、助成金や投機的テクノロジーに依存したものは一つもない。プロセスの微調整、データの統合、的を絞ったR&D、集中的なパイロットプロジェクトなど、実践的なステップの積み重ねである。そして、エネルギー消費、サイクルタイム、TCO、納期遵守を測定する厳密なフィードバックループが伴っている。このようにして、サステナビリティは副次的プログラムではなく、ビジネスの競争に不可欠な要素になるのだ。

どのように着手するか

 このアプローチを試みたいならば、次の運用システムに倣おう。

・捉え方を変える 「サステナビリティは金がかかる」を「排出量を削減し、収益性を向上させることが、私たちの仕事だ」に置き換える。サステナビリティと収益向上は切り離さずに考えよう。

・オペレーションの現場に集中する 熱、圧力、摩擦、反復など、オペレーション上の無駄をターゲットにする。60~90日のスプリント(短期間の集中的作業で成果を出す手法)を利用して、明確なベースラインと測定可能な効率向上があるサクセスストーリーを生み出す。

・最も得意なことを活用する すでにある強みを応用して、サステナビリティのインパクトを拡大しよう。規制コンプライアンスの面で秀でているならば、一度、最も高い基準に合わせてシステムを構築し、さまざまな市場でそれを再現する。コンプライアンスの証明はリーダーシップの証明になる。設計とエンジニアリングがコアケイパビリティならば、性能と排出量削減が相互に補強し合うように、サステナビリティを製品に組み込む。マーケティングが強みならば、検証済みの性能を差別化に変換し、割増な価格を設定する。

・インセンティブと整合させる サステナビリティを通して、コストや収益、リスクが改善される領域に注力する。グリーンな成長を自己資金で支える。

・重要な要素を追跡する、成果を挙げている取り組みは規模を拡大する 1単位当たり排出量の削減と並んで、資本コスト、経常費用の削減、新規の収益、リスク低減、将来の選択肢を監視する。これらの指標において基準をクリアした取り組みは拡大し、そうでない取り組みは終了する。

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 最も重要になるのは、マインドセットの変化だ。マインドセットを変えることは、Gitiの従業員アップスキリングの包括的な研修プログラムにおいて不可欠な要素である。サステナビリティを、安全性や品質のようにビジネスモデルに不可欠な要素として扱うならば、これまでとは違う多様なアイデアや計算式が引き出されるだろう。今後のビジネスモデルが向かう先は、顧客のTCOを低減する製品、最も要求の厳しいバイヤーにも信頼されるサプライチェーン、エネルギーと時間の無駄を減らすオペレーションだ。

 Gitiタイヤの経験は、ネットゼロへの取り組みにおいて収益性を犠牲にする必要がないことを証明している。適切な枠組みの設定と規律あるオペレーションによって、企業は排出量を削減すると同時に、競争優位性を構築できるのである。


"How One Manufacturer Is Aiming to Achieve Net Zero at Net Zero Cost," HBR.org, December 18, 2025.