連載『成人発達理論で考える部下の育て方とリーダーの成長』第1回「部下の成長は『器』と『能力』の両面で考えよ」こちら

部下の「現在地」を見極めることから始まる

 リーダーとして部下たちの成長を支援する際、最初に直面する課題は、その部下が成長段階において「いま、どこにいるのか」という現在地を見極められるかどうかです。

 実際のところ、多くのリーダーは、部下の振る舞いや成果に対して違和感や課題感を持った時、すぐに助言を与えたり、スキル不足を補う研修に送り出したりしがちです。しかし、部下への成長支援が成果につながらない背景には、そもそも「何が原因なのか」を正確に捉えられていないという根本的な問題があります。上司であるリーダーが部下の現在地を誤って理解したまま介入すると、期待した変化は起こらず、部下のモチベーションが低下したり、リーダーへの信頼が揺らいだりすることすらあります。

 では、なぜ現在地の見極めが難しいのでしょうか。その背景には、人の成長に「器」と「能力」という2つの側面があることが関係しています。器とは、人としての認知構造の成熟度、物事への向き合い方、他者の見方、感情の保持力など、人格的な「度量」です。一方、能力とは、言語化できるスキル、業務遂行力、分析力、プレゼン力といった実務的・技術的な力を指します。この2つは互いに影響し合いますが、発達の仕方は異なるため、器と能力の成熟度や伸びしろを慎重に見極める必要があります。仮に両者を切り分けて評価できない場合、その人の現在地を見誤りやすくなります。

 たとえば、仕事のスピードが遅い部下に「もっと効率的にやってほしい」と指摘したとします。しかしその原因が、スキルの未習熟にあるのではなく、そもそも優先順位づけができない、あるいは曖昧な指示に対してみずから質問できないといった「器の発達課題」にあれば、いくらノウハウを教えても改善しません。一方で、器が十分成熟していても、業務に必要な知識や経験値が足りなければ、成果には結びつきません。

 このように、成長を妨げている要因がどこにあるのかを正しく把握することは、効果的な支援の前提条件なのです。「指示待ちなのか、自律的なのか」「他者視点を持てるのか、自己視点に固定されているのか」「スキルは備わっているのか、基礎から積み上げる必要があるのか」。これらをていねいに観察し、現在地を言語化できるリーダーは、部下育成の成功確率が格段に高まります。

 現在地を見極めるというのは、単に部下の長所・短所を把握することに留まりません。その人が「どの発達段階に立っているのか」「どのスキル階層にいるのか」を見抜き、その段階にふさわしい課題設定や支援方法を選ぶという、より精密な関わり方を指します。成長支援は、一律のアドバイスでできるものではなく、個々人の状態に合わせた発達課題の特定から始まるのです。

器の成熟度はどのように測れるのか

 器の成熟度を理解するための代表的な枠組みが、ハーバード大学教育大学院教授であるロバート・キーガンの「主体・客体理論」です。この理論では、人がどのように世界を理解し、自分や他者との関係を捉えているかを「発達段階」として説明します。成長とは、「いま主体として同一化しているものを客体として扱えるようになること」と定義されます。つまり、自分を縛っていた価値観や思い込みを、いったん外側から眺められるようになることが、器の拡大につながるという考え方です。

 ただし注意したいのは、成人発達理論はキーガンの理論だけを指すわけではないということです。成人発達研究には、ハーバード大学教育大学院教授のカート・フィッシャーによるダイナミックスキル理論、心理学者のローレンス・コールバーグの道徳発達理論、ジェーン・ロヴィンジャーの自我発達理論、スザンヌ・クック=グロイターとビル・トーバートのアクションロジックなど多くの系譜が存在します。キーガンはその中でも「意識の構造的発達」を扱う代表的な研究者であり、「器」という比喩を使う際には非常に相性がよいものの、本来は多様な理論の一角に位置づけられます。

 では、職場において人材の器の成熟度をどのように判断すればよいのでしょうか。ポイントは次のような観点です。

器の成熟度のチェックポイント

・観点の幅(どれだけ多面的にものを見るか)
 発達初期の段階では、自分の視点だけで物事を判断しがちですが、成熟が進むほど、他者視点・組織視点・長期視点など、多様な観点を組み合わせることができるようになります。

・感情の扱い方(感情に飲み込まれるか、それともうまく扱えるか)
 器が未成熟な状態では、怒り・不安・焦りが判断を曇らせやすく、気分に左右されてしまいます。成熟が進むと、感情を観察し、距離を置いて行動を選択できるようになります。

・内省の深さ(失敗や葛藤をどれだけ学習に転換できるか)
「なぜうまくいかなかったのか」「自分の前提は何か」といった問いを扱える人は、器が成熟するスピードが速くなります。

 たとえば、部下が上司の指摘に対して強く反発したり、過剰に落ち込んだりする場合、その背景には「自己と成果・評価が癒着している状態」があるかもしれません。これは主体・客体理論で言えば、「自己=外的評価」という構造が見られる段階で、器の成熟に課題が残っている状態です。このようなケースでは、単にコミュニケーションスキルを教えるだけでは不十分で、内省を促す問いかけや、それを行うための安全な対話環境が必要になります。

 器の成熟度を推し測るチェックポイントを押さえておくことで、リーダーはより精密な育成判断ができ、誤った介入による摩擦を避けることができます。

波のように上下する「能力」の習熟度をどう見極めるか

 能力の習熟度を正しく見極めるために役立つのが、カート・フィッシャーの「ダイナミックスキル理論」です。この理論の特徴は、スキルの発達を細かい階層構造として捉え、成長とはスキルの組み合わせや統合、分化によって段階的に高まっていくプロセスであると説明している点にあります。

 フィッシャーは、スキル発達を「単一スキル」「連結スキル」「統合スキル」といった層で理解します。これは音楽やスポーツの上達過程とよく似ており、最初は単純な行動から始まり、複数のスキルを結びつけ、一つの文脈で統合し、さらに複雑な状況でも応用できるようになる、という構造を持ちます。

 職場において、このスキル階層の考え方を理解していないと、部下育成がうまくいかない大きな理由になります。たとえば「プレゼン(テーション)が苦手です」という部下がいた時、その弱点とは資料の構成なのか、論理の組み立てなのか、話し方なのか、あるいは質疑応答の場面なのかによって、必要な支援はまったく異なります。これらはすべて別々のスキル階層に属しており、「プレゼン」という一言の裏側には、いくつものスキル要素が折り重なっています。どの階層が弱いのかを見極めずに「とにかく場数を踏めばいい」とだけ伝えても、本質的な成長は起こりにくいのです。

 さらにスキルは、情動や環境に大きく左右されるという点も重要です。フィッシャーは、スキルは階段のように一段ずつ安定して上がるものではなく、波のように上下すると指摘しました。つまり能力は状況と密接に結びついており、安心できる環境では高いパフォーマンスを発揮していた人が、プレッシャーの強い場面では急に実力を出せなくなるといった現象が頻繁に起こります。リーダーが能力を見誤る典型的な例は、「昨日はできていたのに、今日はできていない」という状況を見て、本人の性格ややる気の問題だと決めつけてしまうことです。しかし実際には、その日の心理状態、求められるタスクの複雑さ、周囲のサポートの有無など、コンテクストの違いによってスキル階層が揺れ動いているだけかもしれません。

 したがって、部下の能力を見る際には、スキルを細かく分解してどの階層が弱いのかを観察すること、スキルは状況によって揺れ動くものだと理解し安定性ではなく「変動の幅」に目を向けること、そしてその人に合った支援の仕組みをていねいに用意することが大切です。このような視点を持つだけで、リーダーは根性論や努力不足論に陥らず、発達科学に基づいて能力開発を支援できるようになります。

 ここで、フィッシャーが示したスキル階層を、もう少し具体的に整理しておきましょう。

 単一スキルとは、一つの行為や判断を個別に遂行できる状態を指します。たとえばプレゼンであれば、「決められた順番でスライドを読み上げる」「事前に用意した説明をそのまま話す」といった段階です。このレベルでは、状況が少し変わると対応が難しくなりやすく、緊張や想定外の質問に弱い傾向があります。

 次に連結スキルは、複数の単一スキルを結びつけて使える状態です。資料構成を意識しながら話し、相手の反応を見て言葉を選ぶなど、2つ以上の要素を同時に扱えるようになります。ただし、この段階では注意力を多く消費するため、負荷が高まると一部のスキルが崩れやすいという特徴があります。

 そして統合スキルとは、複数のスキルが一つのまとまりとして機能し、文脈に応じて柔軟に使い分けられる状態です。聴衆の関心や場の空気を読みながら、構成や表現を即興的に調整できる段階であり、スキルが「自分のもの」として安定している状態だといえます。ここまで到達して初めて、複雑な状況でも再現性のある成果が生まれます。

 リーダーにとって重要なのは、「できる/できない」という二分法ではなく、いま、その部下がどの階層でつまずいているのかを見極めることです。連結スキルの段階にいる人に統合スキルのレベルの期待をかけると、過度なプレッシャーが生じ、能力がむしろ下がって見えることがあります。

 この時、決定的な役割を果たすのが、フィッシャーが提唱した「足場かけ」(scaffolding)という考え方です。足場かけとは、本人が一人ではまだ安定して発揮できないスキルを、環境・支援・関わり方によって一時的に支え、より高い階層のスキルの発揮を可能にする仕組みを指します。具体的には、テンプレートの提供、事前のリハーサル、チェックリスト、同席による支援、問いかけによる思考の整理などがこれに当たります。

 重要なのは、足場かけは「甘やかし」ではないという点です。適切な足場があることで、人は本来到達可能な一段上のスキルを経験し、その経験が繰り返されることで、やがて足場なしでも安定して力を発揮できるようになります。足場は永続的に与えるものではなく、成長に応じて外していく前提の一時的支援です。

 したがって、能力の習熟度を見極める際には、どのスキル階層にいるのか、どの条件下なら力を発揮できるのか、どのような足場があれば一段上のスキルに届くのか、という3点を同時に観察する必要があります。

 この視点を持つことで、リーダーは「できないのは本人の問題だ」という短絡的な判断から離れ、発達段階に即した、精度の高い能力開発支援を行えるようになります。能力とは固定された属性ではなく、文脈と支援によって可動域が変わるものなのです。

同じ成果不足でも原因はまったく異なる:AさんとBさんのケース分析

 部下が成果を出せない理由を誤って判断すると、リーダーの指導はほとんど効果を発揮しません。同じように見える成果不足であっても、その背景にある課題の質はまったく異なるからです。その典型例として、「企画書のクオリティが低いAさんとBさん」のケースは、多くのリーダーにとって非常にわかりやすい事例になります。

 Aさんは、論理構成、文章表現、市場分析といった企画書作成に必要なスキルセットそのものがまだ十分に育っていない状態にあります。このコンテクストにおいて、Aさんの能力は個々のスキルがまだ断片的に存在している「単一スキル」段階、あるいはそれらを部分的につなぎ始めた「連結スキル」の初期段階にいると考えられます。

 この場合、必要なのはスキルを要素ごとに分解した学習、よい企画書のテンプレートの提示、ロールモデルの資料の共有、そして小さな企画から段階的に経験値を積ませていくことです。Aさんがフィードバックを素直に受け取り、チーム全体の視点もある程度持っているのであれば、器は一定の成熟度にあり、課題は主に能力領域だと判断できます。

 一方でBさんは、スキルだけを見ればAさんより高いにもかかわらず、企画書がなかなか通らない状態にあるとします。Bさんは企画書作成に必要なスキルそのものに関しては、「連結スキル」から「統合スキル」に近い水準まで到達しているようです。

  この場合、背景には別の課題が潜んでいる可能性があります。他者の意見を聞かず自分の案に固執してしまう、フィードバックを攻撃と受け取って防衛的な態度を取ってしまう、顧客視点が乏しく自分の世界観だけで企画をまとめてしまう、あるいはスケジュール管理が感情に左右され締め切り直前に慌てて仕上げてしまうといった状態が典型例です。これはスキルよりも器の側に課題がある状態です。このような場合、いくら企画構成のフレームワークや文章の書き方を教えても、大きな改善は期待しにくいでしょう。必要なのは内省を促す対話の機会を設け、他者視点を得るための問いを投げかけ、安心して意見を交わせる場を整え、自己認識を深めるフィードバックを行うといった「器を広げる支援」です。

 このケースが示しているのは、「企画書が弱い」という表面上の事象は同じでも、原因は人によってまったく異なるという事実です。Aさんにはスキル学習が効果的で、Bさんには視点の変化や感情の扱い方の改善が必要です。もしここで介入方法を取り違えれば、Aさんには過度なメンタルトレーニングを、Bさんには無意味なスキルトレーニングを延々と課すことになり、双方にとって不毛な時間となってしまいます。リーダーは「この部下はいま何の発達課題に直面しているのか」を判断する眼を持つことが重要であり、原因分析がていねいであればあるほど、指導の精度は高まり、成長スピードも加速します。

部下の現在地を見極める「観察のポイント」

 最後に、リーダーが日常のマネジメントの中で「器」と「能力」の現在地を誤らずに見極めるための視点をまとめましょう。

 まず大切なのは、行動そのものだけでなく、その背後にある要因を見る姿勢です。同じ「会議で発言しない」という行動でも、論点整理のスキル不足や語彙の乏しさといった能力の問題なのか、失敗を過度に恐れる特性や承認欲求の強さ、評価への過敏さといった器の課題なのかによって、アプローチはまったく変わります。行動の質と背景を分けて捉える習慣が求められます。

 また、フィードバックへの反応をよく観察することも有効です。器が成熟している人ほど、フィードバックを自己否定ではなく学習の機会として受け止めやすくなります。防衛的な反応が強いかどうか、感情に支配されていないか、他責的になりやすくないか、内省の深さがどの程度かといった点は、器の発達課題が潜在しているかどうかを示すサインになります。

 能力の側面を見る際には、スキルを構成要素に分解し、どのレベルが弱いのかを確認することが欠かせません。そのスキルがどのような小さなスキルの組み合わせで成り立っているのか、安定して発揮できているのか、それとも状況によって大きく変動するのか、足場となる支援があればできるのか、といった点に目を向けます。特に、上司や先輩が近くにいればできる一方、一人になると急にできなくなる状態は、発達の過渡期にある典型的なサインです。

 さらに、視点の幅や固定化の度合いも重要な観察ポイントです。自分の視点からしか見ていないのか、他者の期待や文脈を読もうとしているのか、価値観が硬直していないか、自分の前提に気づけているのかといった点は、器の成熟を測るうえで非常に参考になります。同時に、行動と感情の距離を観察することも役立ちます。失敗した時に過剰に反応し落ち込みが長く続くのか、それとも一度感情を整理したうえで行動に戻れるのかという違いは、感情を客体として扱えるかどうか、つまり器の成熟度を如実に表します。

 総じて言えば、器と能力の発達課題を見極めることは医師の診断に近い作業です。診断を誤れば、どれほど優れた処方箋も効力を発揮しません。リーダーは、行動だけでなくその背景に目を向け、視点や感情の扱い方をていねいに観察し、スキルの階層構造を理解することを通じて、部下の現在地を精密に見極める必要があります。これらの観点を押さえるだけで、育成の質は大幅に高まり、部下はみずからの力で成長の階段を上り始めるようになるのです。