部下の成長は「器」と「能力」の両面で考えよ
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サマリー:多くのリーダーが悩む「部下の成長支援」。そのカギは、人の成長を「能力」だけでなく、人間性や度量といった「器」の側面から捉え直すことにある。スキルだけ、あるいは器の大きさだけでは、人は成長しない。両者は... もっと見る車の両輪であり、かけ合わされて初めて大きな飛躍につながるのだ。本稿では、成人発達の研究を行う知性発達学者である筆者が、ロバート・キーガン博士の成人発達理論とカート・フィッシャー博士のダイナミックスキル理論を軸に、人の「器」と「能力」の両面を育む具体的な方法論を解説する。 閉じる

人の成長は「器」と「能力」に分けて考えることが重要

「部下の成長をどのように支援すればよいのか」。これは多くのリーダーが抱える、共通した最も大きな悩みの一つです。現場では、「自分のことしか考えない」「指示を待つばかりで自律的に動かない」「他人の意見を聞こうとしない」といった部下の姿に、日々直面しているかもしれません。また、任せた仕事のレベルがなかなか向上せず、同じ課題を繰り返すという部下の状況に頭を抱えているリーダーも少なくないでしょう。これらは単なる性格の問題や経験不足と片づけられがちです。しかし実際には、人の成長そのものをどう捉えるかという、より本質的な視点が大きく影響しているのです。

 従来、成長と言えば「スキルの習得」や「知識の蓄積」が重視されてきました。新しい業務をこなし、効率的に成果を上げる力を高めることが、成長の証と見なされてきたのです。しかし、それだけでは不十分であることが明らかになってきています。なぜなら、スキルは持っていても、それを適切に発揮するための人間性や度量が伴わなければ、組織全体にとってプラスに働くとは限らないからです。逆に、人としての器が大きくても、具体的なスキルが不足していれば、期待された成果を出すことができません。

 ここで重要になるのが、人の成長を「器」と「能力」の2つに分けて捉える視点です。「器」とは、人間性や度量、すなわち物事をどのように受け止め、他者とどう関わるかという人としての基盤を指します。困難に直面した時に感情に流されずに立ち止まれるか、異なる意見を尊重しながら柔軟に対応できるか、といった資質です。一方の「能力」とは、業務を遂行するための具体的なスキルや知識を指します。専門的な知識、分析力、プレゼンテーション能力、マネジメントスキルなどがこれに当たります。

 多くのリーダーは、部下を「能力」の観点から評価し、改善しようとします。新しいスキルを学ばせ、研修を受けさせ、実務経験を積ませるといった取り組みです。もちろんこれは大切ですが、能力だけを伸ばそうとしても限界があります。なぜなら、能力を支える「器」が小さいままでは、その力を効果的に発揮できないからです。たとえば、高度な専門知識を持っていても、自分の意見に固執し他者と協働できない人材は、チームにとってむしろマイナスに働くことさえあります。

 逆に、「器」だけが大きくても課題は残ります。部下の話をていねいに聞き、共感する力はあっても、具体的な業務スキルが不足していると、成果につなげることは難しいでしょう。結局のところ、成長とは「器」と「能力」がかけ合わされることで初めて意味を成します。両者は独立した要素でありながら、互いに影響を及ぼし合い、全体としての成長を形づくるのです。

 このように考えると、部下の成長を支援するリーダーは、まず「器」と「能力」の両面からその人の現在地を見極める必要があります。いまの課題はスキル不足なのか、それとも人としての受け止め方や視野の狭さに起因するのか。この判断を誤ってしまうと、的外れな指導や育成施策に終始し、本人の成長を阻むだけでなく、組織の停滞を招いてしまいます。

 人材育成における課題の多くは、この「器」と「能力」を区別して考えてこなかったことに由来している可能性があります。これからの時代、リーダーに求められるのは、単に部下のスキルを磨かせることではなく、その人の器を広げ、能力と器の両輪を揃えて成長を促すことです。そのためには、従来の「知識やスキルを詰め込む」アプローチから一歩踏み出し、人の内面や成熟度に目を向ける必要があります。

 本稿では、ハーバード大学教育大学院教授であるロバート・キーガン博士の成人発達理論が示す「器」の成長と、同大学院教授のカート・フィッシャー博士のダイナミックスキル理論が示す「能力」の成長という2つの理論を軸に、人の成長をどのように理解し、実践に落とし込んでいけるのかを考えていきます。リーダーが部下を育てるうえで、この2つの視点を持つことは不可欠です。

理論の概要:「器」の垂直的成長と「能力」の水平的成長

 人の成長を考える時、多くのリーダーは「能力」、つまり知識やスキルに焦点を当てます。部下に新しい技術を学ばせたり、業務を効率化する方法を身につけさせたりすることは、組織にとって欠かせない投資です。しかし、能力の向上だけで、組織全体の成長に結びつくとは限りません。冒頭でお伝えしたように、人間にはもう一つの成長の側面、すなわち人間性や度量といった「器」の成長があるからです。

「器」と「能力」という2つの成長を理解するうえで重要な理論が、ロバート・キーガン博士の成人発達理論と、カート・フィッシャー博士のダイナミックスキル理論です。

 キーガン博士は、人間の成長を「ものの見方が変わるプロセス」として捉えました。彼が説く「器」とは、単なる知識の蓄積ではなく、自分や他者、社会をどう理解し、関わるかという認識の枠組みそのものです。たとえば、若手社員が「上司に言われたからやる」というレベルから、「チーム全体の成果のために自ら考えて動く」という段階へ移る時、そこには「器」の拡大があります。これはスキルの習得以上に根本的な変化であり、成熟したリーダーへと至るための垂直的な成長なのです。