「よい人」であることがリーダーシップを損なう
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サマリー:多くのリーダーは「よい人」であることを重視するあまり、厳しい対話や意思決定を避け、結果として組織のパフォーマンスを損なっている。本稿では、真に優れたリーダーに求められるのは「よい人であること」ではなく「よいこと」であるとし、そのために必要な考え方と実践について論じる。

「優しすぎる」リーダーの弊害

「ここでは一生懸命働いて結果を出せば十分な報酬を得られる。だがそれほど頑張らず、成果も出さなくとも、やはり十分な報酬が得られる」

 数年前、コンサルティングのクライアントだった一流エレクトロ二クス企業の社員が筆者の一人(アシュケナス)にそう語った。同社のCEOは、人間関係を重視する支援的な企業文化を誇りにしていたが、社員へのインタビューでは、共通のテーマが浮かび上がった。責任を果たしていないキーパーソンが多すぎるために、優秀な社員が不当な負担を感じているというのだ。支援的文化を促進するCEOの姿勢は称賛に値するが、その実態は、「人に甘すぎた」のである。

 筆者らは、数十年にわたる多様な組織のコンサルティングや他の仕事の中で、この問題のバリエーションを数多く見てきた。プライベートセクターもそうだが、特に非営利セクターで顕著に見られる。要は、多くのリーダーが優しすぎるあまり、つまり他者を不快にさせまいとして厳しい対話や決断を避けることによって、自身や組織がよくなるのを妨げているのである。以下のような例がある。

・忠実な社員を、5年前から能力が見合わなくなっているにもかかわらず、同じ役職に留めている創業者

・チームが「確信している」という理由で、成果の出ない肝煎りのプロジェクトに固執する部門長

・成果は称賛するが、部下の真の成長につながる厳しいフィードバックはけっしてしないマネジャー