「人間らしいホスピタリティ」がこれからの競争優位性になる
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サマリー:AIの普及によりカスタマーサービスの効率化が加速する中、真の競争優位性はデジタルでは代替不可能な「人間らしいホスピタリティ」にこそ宿る。効率を優先した「取引の機械」に陥ることなく、従業員の尊厳とパーパスを基盤とした「ディープホスピタリティ」をいかに組織に浸透させるかが問われている。本稿では、ザ・リッツ・カールトンの事例を交えながら、デジタルの力で人間味を拡張し、顧客と永続的な関係を築くための指針を紹介する。

AI時代にこそ人間らしいホスピタリティを追求する

 過去10年で、AIを活用したチャットボットはカスタマーサービスの領域を席巻した。ここ数年の生成AIの登場は、その流れを加速させるばかりである。しかし、リーダーたちが競ってこれらのシステムを導入する中で、考慮すべき重要な要素がある。それは、カスタマーサービスにおける人間らしさの価値、すなわち「ディープホスピタリティ」だ。

 10年前、フォーシーズンズ ホテルズ アンド リゾーツがコンシェルジュアプリを開発し、展開していた際(筆者の一人であるミカ・ソロモンがアドバイザーを務めた)、担当チームは今日のビジネスの普遍的な葛藤に直面した。いかに人間味を損なわずに、デジタルの利便性を加えるか、という点だ。

 多くの企業が選びがちな安易な道は、アプリを洗練された「取引の機械」にすることだっただろう。追加のタオルをメッセージで頼む、ワンクリックで予約を延長する、対人コミュニケーションに伴う摩擦を排除する、各取引に要したスタッフの労働時間の短縮を成功の尺度とするといったことだ。

 しかし、それはホスピタリティとは真逆の行為である。

 フォーシーズンズのチームは、一見すると単純な、異なるパラダイムを考案した。新しいテクノロジーを、ホスピタリティを代替するためではなく、拡張するために使うのだ。宿泊客はリクエストをテキストで送ることができるが、その先には常に人がいなければならない。チャットボットでもチケットシステムでもなく、客を知り、記憶し、アルゴリズムには予測不可能な思いやりを持って個々の体験を高める本物のコンシェルジュだ。

ディープホスピタリティが息づく場所

 筆者の一人であるホルスト・シュルツが10代の頃に生み出した「紳士淑女をおもてなしする私たちも紳士淑女です」という不朽のフレーズは、1983年のザ・リッツ・カールトン創業時にそのモットーとなった。これは、サービスを受ける側と提供する側の双方に尊厳を与えるという精神を表現している。また、ホスピタリティの本質は、サービスのテクニックや温かいタオル(それらを嫌がる客はいないだろうが)にあるのではないという根源的な真理を捉えている。その本質とは、相互尊重、すなわち、カウンターの両側に立つ人間の尊厳を、あらゆる交流において称えることができるという信念だ。

 ホスピタリティは、特定の部署が担う役割でも、マニュアル化された対応でもない。システムに支えられたマインドセットだ。それには、顧客がブランドをどう思うかと同じくらい、従業員が自分の仕事をどう感じているかを重視するリーダーが必要だ。

役割よりもパーパス

 ディープホスピタリティを支える組織基盤を築く際に、不可欠な要素がある。それは、庭師から経営層に至るまでの全従業員が自身の根底にある目的を理解し、「役割」(日々の業務責任)と「パーパス」(そこで働いているそもそもの理由)を区別できるようにすることだ。

 筆者らは長年にわたり、さまざまな業界の従業員に「あなたの会社のビジョンは何か」「お金を稼ぐこと以外の目的は何か」と問い続けてきた。これに明確に答えられる人は極めて少ない。それは従業員の落ち度ではなく、文化とリーダーシップの限界だ。

 従業員が自社の本質的なパーパスを理解していれば、顧客への対応は変わる。特にマニュアルにない場面で即座の判断が求められる状況では、規則や上層部からの画一的な指示を遵守するのではなく、みずからの人間性を最大限に発揮し、創造的な判断を下すようになる。

 リッツ・カールトンのあるホテルで、廊下の電球を交換していた施設メンテナンスのエンジニアが、プールから戻ってきた母親を見かけた。彼女は両手にタオルとプールの玩具を抱え、幼い子ども2人を連れて客室の鍵を探しあぐねていた。通常は接客担当ではないこの従業員は、彼女が近づく前にはしごを降り、荷物を預かって部屋まで案内し、親子3人がひと息つくために必要なものをすべて手配した。