優秀なリーダーのスキルも条件が変われば、再現性が担保されない:成人発達理論の源流を理解する【後編】
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サマリー:本連載では前回、ハーバード大学教授のロバート・キーガンに至るまでの成人発達理論の源流を概観した。本稿では、新ピアジェ派から、「ダイナミックスキル理論」を唱えるハーバード大学教授のカート・フィッシャーへと至る「構造的発達」の系譜をひも解く。彼らは能力を固定的な「所有物」ではなく、文脈や支援により発揮される動的な「構成物」と捉え直した。この系譜がたどり着いた、発達を数理的に扱う最新知見までを解説する。

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新ピアジェ派の誕生と理論的展開

 新ピアジェ派とは、ジャン・ピアジェ(1896-1980)の構成主義的発達観を継承しながら、「発達段階」という枠組みそのものを再検討した理論潮流です。ピアジェは、知性を刺激反応の集積ではなく、環境との相互作用を通じて構成される構造として捉えました。しかしその理論は、発達段階が比較的固定的で、年齢との対応関係が強調されすぎているという批判も受けてきました。現実の人間は、同じ年齢であっても、領域や状況によって驚くほど異なる思考水準を示すからです。

 この問題意識を明確に理論化した人物の一人が、ロビー・ケース (1944–2000)です。ケースは、人の発達を「処理可能な構造的複雑性の増大」として捉え直しました。彼が提唱した中央概念構造(central conceptual structures)という概念は、単なる知識の集合ではなく、特定の領域において世界を組織的に理解するための枠組みを指します。重要なのは、この枠組みが一気に切り替わるのではなく、試行錯誤と再構成を繰り返しながら形成される点です。

 ケースの理論は、発達が「全体一様」に進むという考えを明確に否定しました。人は数学的推論では高度な構造を扱えても、対人関係では単純な枠組みに留まることがあります。つまり、発達は領域依存的であり、同一人物の中に複数の発達水準が併存します。この視点は、ビジネスの現場でしばしば観察される「優秀だが、人をマネジメントできない」「戦略思考は鋭いが、感情の扱いが粗い」といった現象を、理論的に説明します。

 新ピアジェ派をさらに理論的に洗練させたのが、グレアム・ハルフォードです。ハルフォードは、認知発達を「関係的複雑性」という軸で捉えました。彼によれば、人の思考の高度さは、同時に扱える関係の数によって規定されます。二項関係しか扱えない段階と、三項・四項関係を同時に保持できる段階とでは、思考の質が根本的に異なります。

 この理論は、経営者にとって極めて実務的です。単一のKPIだけを見て判断する段階と、複数の指標の相互関係を理解する段階、さらに短期業績・中長期戦略・組織文化・社会的影響を同時に考慮する段階とでは、求められる認知的複雑性がまったく異なります。ハルフォードの理論は、こうした違いを「経験年数」や「知識量」ではなく、構造の違いとして説明可能にしました。

 新ピアジェ派が果たした最大の貢献は、発達を「段階ラベル」から解放し、構造的複雑性がどのように構成されるかというプロセスへと視点を移した点にあります。この転換がなければ、後に続くフィッシャーやドーソンの理論も成立しなかったといえるでしょう。

カート・フィッシャーのダイナミックスキル理論

 新ピアジェ派の理論的到達点を、最も包括的かつ精緻に統合した理論が、カート・フィッシャー(1943-2020)のダイナミックスキル理論です。フィッシャーの仕事の本質は、「発達とは何か」という問いを、段階や能力の所有という発想から根本的に引き離し、時間・文脈・関係性の中で構成され続けるプロセスとして捉え直した点にあります。

 フィッシャーがまず批判したのは、人の能力を「内側に蓄えられたもの」と見なす暗黙の前提でした。従来の発達理論や教育実践では、能力は獲得されれば安定的に保持され、必要な時に取り出されるものとして想定されがちでした。しかしフィッシャーは、実証研究を通じて、この前提が現実の人間の振る舞いと一致しないことを示しました。同じ人物が、ある課題では高度な抽象的思考を示しながら、別の課題では初歩的な反応に留まる。この現象は例外ではなく、むしろ日常的に観察されるものです。

 ここから導かれたのが、スキルは「所有物」ではなく「構成物」であるという見方です。フィッシャーにとってスキルとは、個人の内部に固定的に存在する能力ではありません。課題の性質、環境からの支援、感情状態、動機づけ、対人関係、使用可能な文化的道具などが、特定の条件下で結びついた時に、一時的に発揮される構成体です。そのため、条件が変われば、同じスキルが再現されないことも珍しくありません。