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連載『成人発達理論で考える部下の育て方とリーダーの成長』はこちら。
【注目記事】部下が「スキルは高いが、器が未成熟」な場合、どう育てればよいのか
米国の情報機関が採用した発達測定──意思決定構造の科学的な可視化
米国マサチューセッツ州に拠点を置く発達研究機関レクティカ(Lectica)の測定手法は、成人発達理論を「研究室の理論」に留めず、実際の意思決定やリーダーシップの現場で使える形にまで鍛え上げた点に大きな特徴があります。この実践性の高さこそが、FBI、CIA、NSA といった高度な判断力を要求される組織での採用につながりました。
まず押さえておきたいのは、レクティカが測っているのは「知識量」や「正解率」ではないという点です。レクティカの中核にあるのは、人がどのような構造で物事を理解し、判断しているかという「意味づけの複雑さ」です。これは、レクティカの設立者セオ・ドーソンがカート・フィッシャーのダイナミックスキル理論を基盤に開発した「レクティカル評価システム」(LAS)によって支えられています。LAS は、発言や文章の内容ではなく、その背後にある構造──分化の度合い、統合の仕方、因果関係の扱い方、視点の階層性──を精密に分析します。
FBI や CIA で用いられた代表的なアセスメントが、「Lectical Decision Making Assessment」(LDMA)です。これは、曖昧で正解のない現実的なジレンマを提示し、その状況をどのように理解し、選択肢をどう比較し、どの視点を考慮するかを自由記述で回答してもらう形式です。重要なのは、「どのような結論を出したか」ではなく、「そこに至る思考の構造」が評価対象になる点です。たとえば、利害関係者をどれだけ区別して捉えているか、短期と長期の影響をどう統合しているか、個人・組織・社会といった異なるレベルの視点を行き来できているか、といった点がていねいに読み取られます。
こうした測定が情報機関で重視された背景には、現代の意思決定環境の特性があります。情報が不完全で、利害が錯綜し、価値の衝突が避けられない状況では、「正しい知識を持っているか」よりも、「複数の視点をどれだけ統合的に扱えるか」が大きな重要性を持ちます。ドーソンらの研究では、同じ知識水準にある人でも、発達構造の違いによって、意思決定の質や柔軟性が大きく異なることが示されています。LDMA は、その違いを可視化するための道具として機能しました。
また、レクティカの特徴として見逃せないのが、「測定と学習が分断されていない」点です。レクティカは単なる選別ツールではなく、「発達的産婆術」(developmental maieutics)と呼ばれる方法論に基づいています。これは、測定結果をフィードバックとして本人に返し、どのような視点が使われていて、どこに成長の余地があるのかを学習につなげていく循環型のアプローチです。実際、LDMA を用いた研究では、フィードバックを通じて意思決定の質が改善されていく過程そのものが、研究知見として蓄積されていきました。この「研究と実践が相互に学習する構造」が、国家機関にとっても価値の高い点でした 。
この枠組みは、ビジネスの文脈にもそのまま応用できます。複雑な市場環境、部門間の利害調整、多様な価値観を持つメンバーのマネジメントといった課題は、情報機関の意思決定と構造的によく似ています。レクティカの測定は、「誰が優れているか」を決めるためではなく、「どのような思考構造が、どの課題に適しているのか」を理解するための道具です。その意味で、FBI や CIA での活用事例は、レクティカのアセスメントがエリート選抜のための秘密の尺度だったことを示すものではなく、高度な判断が求められる現場ほど、発達構造の違いをていねいに扱う必要があるという事実を物語っているといえるでしょう。
結果としてレクティカの手法は、「人を測る技術」であると同時に、「人の学習と成長を設計するための言語」を提供する測定手法として位置づけられます。これが、学術研究に留まらず、国家機関や企業の実務の中で使われ続けてきた理由なのです。
正解のない判断力をどのように測るのか
LDMA(Lectical Decision Making Assessment)は、成人発達理論に基づく測定手法の中でも、「意思決定」という極めて実務的な行為に焦点を当てたアセスメントです。IQテストや知識テストのように、正解を当てる能力を測るものではありません。また、性格検査のように傾向や好みを分類するものでもありません。LDMAが測ろうとしているのは、人が複雑で不確実な状況を、どのような構造で理解し、整理し、判断しているかという一点です。
LDMAの測定は、まず受検者に対して、現実に近い「正解のない意思決定課題」が提示されるところから始まります。ここで提示される課題は、単純な道徳問題や抽象的な思考実験ではありません。組織内の利害対立、情報の不足や矛盾、短期的成果と長期的影響のトレードオフ、価値観の衝突といった、実際の経営や政策判断で頻繁に起こる状況が設定されます。FBIやCIAで用いられた課題も、まさにこのような特徴を持っていました。
受検者は、この状況に対して自由記述で回答します。選択肢を選ぶ形式ではなく、「この状況をどう理解するか」「何を問題だと捉えるか」「どのような点を考慮して判断するか」といったことを、自分の言葉で説明することが求められます。ここで重要なのは、結論の内容や立場の是非は一切評価されない点です。LDMAでは、「どの判断をしたか」ではなく、「その判断に至るまでに、どのような視点や関係性を扱っているか」が分析対象になります。






