「主体性がない」部下を変える上司の関わり方:ロバート・キーガンの「成人発達理論」で捉える②
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サマリー:ある場面では主体的に動いているのに、別の場面では指示待ちに見える部下の行動に対し、「一貫性がない」「主体性が足りない」と評価したことはないだろうか。しかし、それを単に能力不足として考えるべきではない。その行動は、部下が物事をどう捉えているかという「意味づけの構造」の結果として現れている可能性があるからだ。本稿では、ロバート・キーガンの成人発達理論をもとに、部下の発達段階を理解し、適切に支援するための上司の関わり方を解説する。

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なぜ部下の評価はずれるのか:見えている行動と見えていない構造

 職場で部下を見ていると、評価に迷う瞬間があるのではないでしょうか。ある場面では主体的に動いているように見えるのに、別の場面では指示待ちに見える。ある会議では自分の意見をはっきり述べるのに、別の場ではほとんど発言しない。こうした振る舞いの違いに対して、「一貫性がない」「主体性が足りない」といった評価を下したくなることは少なくありません。

 しかし、ここで一度立ち止まって考える必要があります。こうした違いは、本当にその人の「能力の有無」を示しているのでしょうか。

 同じ人物が、ある状況では機能し、別の状況では機能しないという事実は、能力が固定されたものではないことを示唆しています。むしろ、状況や関係性によって、その人の振る舞いが大きく変わっていると考えるほうが自然です。

 この時、重要になるのが、「見えている行動」と「その背後にある構造」を区別する視点です。私たちは日常的に、目に見える行動をもとに他者を評価しています。しかし、その行動は、その人がどのように世界を意味づけているかという、より深い構造の表れにすぎません。

 たとえば、会議で発言しない部下を見て、「主体性が低い」と判断することは簡単です。しかし、その人が「上司の意見を尊重すべきだ」「場の空気を乱すべきではない」といった前提で状況を捉えているとしたら、その行動は単なる消極性ではなく、その人なりの意味づけの結果とも言えます。

 このように考えると、部下の評価とは単に「できる・できない」を判断する行為ではなくなります。それは、その人がどのような前提に基づいて行動しているのか、その意味づけの構造を読み取るプロセスへと変わります。

 ここでカギとなるのが、ロバート・キーガンの成人発達理論です。この理論は、人の発達を能力の多寡ではなく、「何を主体として生き、何を客体として扱えるか」という構造の違いとして捉えます。前回の記事(>前回記事へリンク)では、この視点を用いてリーダー自身の自己理解を扱いました。本稿では、その視点を他者評価、すなわち部下の理解に適用していきます。

 ただしここでも重要なのは、段階モデルを人のラベルとして用いないことです。部下を「この段階の人だ」と分類することは、この理論の意図とはむしろ逆行します。本稿の目的は、部下を評価することではなく、部下の見ている世界を理解することにあります。

 そのために、次節ではまず、人がどのように意味づけの構造に基づいて行動しているのかを整理していきます。

他者評価の前提を崩す:人は「能力」ではなく「構造」で動いている

 前節では、部下の行動をそのまま能力として評価することの限界を見てきました。同じ人物であっても状況によって振る舞いが変わる以上、「主体性がある・ない」「考えが深い・浅い」といったラベルだけでは、その人の実態を捉えることはできません。

 では、どのように捉え直せばよいのでしょうか。

 ここで重要になるのが、「人は能力ではなく構造で動いている」という視点です。

 私たちはしばしば、他者の行動を見て、その人の能力や性格を推測します。たとえば、意見を言わない人を見て「消極的だ」と判断し、判断に時間がかかる人を見て「決断力が弱い」と評価します。しかし実際には、その行動はその人の内側にある「意味づけの構造」の結果として現れている可能性があります。

 この構造とは、キーガンの言葉で言えば「主体と客体の関係」です。人は、自分が主体としているもの、すなわちまだ距離を取れない前提に基づいて世界を見ています。そして、その前提に従って行動しています。

 たとえば、他者との関係性を主体として生きている場合、「どう思われるか」「関係がどうなるか」が判断の中心になります。この時、その人は必ずしも消極的なのではなく、むしろ関係性を重視した一貫した行動を取っているとも言えます。同様に、自分の価値観や方針を主体としている場合には、「自分はどう考えるか」が判断の軸になります。この場合、他者の意見よりも自分の基準が優先される傾向が強くなります。

 ここで重要なのは、どちらが優れているかという話ではないという点です。それぞれの構造には、それぞれの強みと限界があります。そして、その人の行動は、その時、主体となっている前提に基づいて合理的に組み立てられています。

 したがって、他者評価において本来見るべきなのは、「その行動が適切かどうか」だけではありません。それよりも、「その人は何を前提として世界を見ているのか」「何がまだ対象として扱えていないのか」を読み取ることが重要になります。

 ここで評価の意味が大きく変わります。評価とは、能力の有無を判断することではなく、意味づけの構造を理解することです。見えている行動は、その構造の表面に現れている一部にすぎません。その背後には、その人なりの一貫した世界の捉え方があります。

 さらに言えば、この視点に立つことで、「できていないこと」の見え方も変わります。これまで「能力不足」として捉えていた行動が、実は別の前提に基づいた合理的な選択である可能性が見えてきます。そして、その前提が変われば、同じ人がまったく異なる振る舞いを見せることも理解できるようになります。

 このように、他者を構造で捉える視点は、評価をより精緻なものにすると同時に、関わり方の質を大きく変えます。人を変えようとするのではなく、その人がどのように世界を見ているのかを理解し、その構造がどのように変化しうるのかを考えることが、リーダーの重要な役割になります。

 では、この意味づけの構造の違いは、部下の発達段階としてどのように現れるのでしょうか。成人発達理論は、成長するプロセスを大きく5つの段階で捉えていますが、次節では、部下に多く見られる発達段階である段階3から4への移行に焦点を当てて具体的に見ていきます。

部下に多く見られる「段階3(他者依存)から4(自己主導)」の移行:5つの構造で読み解く

 前節では、他者評価とは能力を測ることではなく、その人がどのような前提で世界を見ているかという「構造」を読み取ることであると整理しました。では、その構造の違いは、実際の現場ではどのように現れるのでしょうか。

 ロバート・キーガンは、人の発達を「主体として埋め込まれていたものを、徐々に客体化していくプロセス」として整理しました。これは、知識やスキルが増えるというよりも、「世界の見方」そのものが変化していくことを意味しています。

 キーガンは成人以降の発達を、主に5つの段階として整理しています。

 ここでは、部下に多く見られる発達段階である「段階3(他者依存段階)から4(自己主導段階)への移行」に焦点を当て、5つのプロセスで具体的に見ていきます。これは人を分類するためのものではなく、どのような意味づけの構造で行動しているのかを見極めるためのレンズです。

①段階3:関係の中で自己を定義する

 段階3では、自己は他者との関係の中で形成されます。上司や同僚、組織の期待といったものが、意思決定の中心に位置しています。