人間のエンジニアは、コードを書くAIに代替されない
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サマリー:コンピュータ科学者のジェフリー・ヒントンは2016年に、AIが放射線科医を代替するという予測をし注目を集めた。しかし2025年現在、この予測が大きく外れたのは、コスト低下により需要自体が拡大する「誘発需要」と、人間の判断・責任・最終承認の価値が高まる「補完性」を見落としたためだ。さらに、最終承認のプロセスは若手医師の育成も兼ねており、単なる効率化では代替できない価値がある。同様に、コード生成とシステム構築を混同し大規模な人員削減を進めるビッグテックも、将来的に判断力や育成の機会を失うリスクを抱えている。

放射線科医は、いなくなるどころか需要が拡大した

 2016年にコンピュータ科学者のジェフリー・ヒントンが、放射線科医の現状をアニメキャラクターの「崖から飛び出したコヨーテ」に例えたことは有名な話だ。足元に地面がないことにも気づかず、空中を走り続けている状態というわけだ。ヒントンは、5~10年以内にディープラーニング(深層学習)の性能が放射線科医を凌駕するのは「明白」であり、医学部は彼らの養成をいますぐやめるべきだと主張した。

 しかし2025年、放射線科医の平均給与は前年比9%増の57万ドルに達した。ある放射線科医向けの求人サイトには募集が4000件以上も常時掲載され、採用までに平均130日を要している。なぜ、ヒントンの予測はこれほどまでに外れたのか。

 原因はテクノロジーの失敗ではない。ヒントンが、経済学の初歩的な2つの概念を見落としていたからだ。

 1つ目は「誘発需要」だ。サービスのコストが下がると、そのサービスへの需要はむしろ拡大することが多い。これは交通計画の担当者にはよく知られた話で、道路を拡張するとかえって渋滞が激しくなる現象と同じだ。画像診断が安価かつ迅速になった結果、市場そのものが拡大したのだ。その結果、放射線科医の生産性が向上すると同時に、彼らへの需要も高まった。

 2つ目は「補完性」である。アジャイ・アグラワル、ジョシュア・ガンズ、アヴィ・ゴールドファーブが著書『予測マシンの世紀:AIが駆動する新たな経済』で説明しているように、予測のコストが下がると、画像診断AIの「補完財」である要素、すなわち人間の判断、責任、最終承認の価値が高まる。スキャン画像を見ることは診断そのものではない。医師免許と名声を保持し、個人的な法的責任を背負った人間が、その診断結果に署名しなければならないのだ。この最終承認は、トランザクションコスト(取引費用)ではない。それ自体が商品なのである。ヒントンの予測は、「画像を読み取る作業」と「放射線科医としての医療行為」を混同していた。

 さらに、見落とせない第3の視点もある。最終承認のプロセスは、「教育」も兼ねていることだ。研修医は、承認権限を持つ放射線科医の下で画像を読む。つまり、この責任を担保する仕組みが、若手育成の仕組みとしても機能しているのだ。したがって、効率化のために一方をカットすれば、同時にもう一方も失う。

テック業界は同じ過ちを繰り返そうとしている

 テック業界のリーダーたちはいま「コードを書く作業」と「システムを構築するエンジニアリング」を混同している。2026年5月20日、メタ・プラットフォームズは組織再編に着手し、全従業員の約10%に相当する約8000人の人員削減を行うと報じられた。さらに残った従業員のうち約7000人が、AI関連分野へと配置転換されるという。同社は業績悪化によって削減を迫られているわけではない。現に、メタが発表した同年第1四半期の売上高は563億ドルに達している。

 メタだけではない。業界全体で大企業がAIを活用した少数精鋭のチームへと組織を再編している。アマゾン・ドットコムは2026年第1四半期に1万6000人を削減した。オラクルも同年3月に数千人規模の削減を開始し、マイクロソフトは希望退職を実施している。細かなアプローチは違えど、経営陣のロジックは共通している。「AIによってコーディングのアウトプットが安価になる。したがって、必要な人員は減る」というものだ。

 それは事実かもしれない。しかし、コードを生産することと、信頼性の高いシステムを構築することは同じではない。

 問題は、無料のAIは人間のプログラマーよりもはるかに速く、低い直接コストでコードを生み出せるが、人間のプログラマーがコードを書く過程で生み出している、顧客価値への「数値化できない貢献」を、AIが代替できるわけではないということだ。端的に言えば、コードのアウトプットを測ることは容易だが、ソフトウェアの解決策に対して何が良質なコードで、何が悪質なコードかを見極めるエンジニアの判断力は数値化できない。そしてメタの顧客が求めているのは、単なるコードではなく、ソフトウェアを通じた解決策なのだ。この視点に立てば、人間のエンジニアへの投資を減らし、AIに過度に依存することは、典型的な最適化の誤りである。しかもAIという技術の特性上、この誤りは瞬く間に拡大していく。