こうした構想を具体化したのがニコニコ動画というわけです。たとえば、それぞれの街に料理人がいて、一生懸命美味しいものを作ろう、効率的に仕事をしようと努力している。でも上から俯瞰したらずいぶんと非効率な仕事をしているかもしれない。精神的に豊かな社会とは、実はそんな社会なのではないか、というのが川上さんの洞察です。文化や富の正体は、昔から非効率なもの、無駄なものである、と川上さんは言います。

 具体的にやっていることは、ようするに「ニコ動」なわけですが、背後にはまことに抽象的な論理がある。フツーの「ネット・ベンチャー」の経営者と川上さんの違いは、抽象化の能力にあるというのが僕の見解です。抽象化・論理化して本質をつかみ、そこから具体のレベルに降りてくる。ここに川上さんの凄みがあります。

「もっと抽象的に説明してください」

 世界的な投資家のジョージ・ソロスも驚くべき抽象能力の持ち主です。彼がやっていることといえば投資です。金融の世界での投資の仕事は、一見すると数字の世界で何の抽象もないように思えます。しかし、もしソロスに「なぜその株を買ったのか?」と質問したとしましょう。「為替レートがこうだから」「チャートがこういうかたちだったから」などという答えは返ってこないでしょう。

 彼の思考や判断を支える抽象論理として有名なのが、「再帰性(reflexivity)」です。先の問いに対して、ソロスであれば、独自の再帰性の概念に基づいた、きわめて哲学的な答えが返ってくるのではないかと思います。投資の世界でジョージ・ソロスがあそこまで名を馳せることができたのは、その抽象能力の高さ、そこから編み上げられた確固たる哲学ゆえではないでしょうか。

 学生を教えていても、優秀な学生ほど物事を抽象化して理解できる。いま教えているビジネススクールができる前、僕は一橋大学の学部で20歳前後の学生に経営学を教えていました。あるとき学生から「先生、話が具体的すぎてわかりません。もっと抽象的に説明してください」と言われたことがあります。こういう学生ほど筋がよい。

 学部生ですから高校を卒業したばかりの18歳もいます。実務経験のない若い彼らに、ビジネスの具体的、実践的な話をしてもピンと来ないのは当たり前です。それでは経営の本質が掴めない。あくまでも受け手の理解力が必要になりますが、本質を掴んでもらうためには、抽象化・論理化がしたほうがずっと効果的な場合もあるのです。