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起業家や消費者が牽引する「米国びいき」の動き
マーク・アンドルは2010年にニューヨーク州エルマに小売店を開業した際、ある厳格なルールを定めた。米国製以外の品物は店に置かないことにしたのだ。洋服のハンガーや包装用の接着剤も米国製でなくてはならないものとした。
アンドルにとって「Made in USA」は単なる原産地表示に留まらない意味を持っていた。この条件を満たすことは、道徳上の必須課題に思えた。生産拠点の国外移転と米国内の工場閉鎖により、地域コミュニティが空洞化してしまったと感じており、そうした状況に対して自分も行動を起こすべきだと考えたのである。
アンドルの店には、「中国は、通勤するには遠すぎる」だの、「国と兵士、米国の働き手、そして未来の子どもたちのために」といったスローガンが掲げられていた。
アンドルだけではない。この20年ほど、いわゆる「バイ・アメリカン」(米国産品を買おう)運動を提唱する企業や消費者や市民団体の緩やかなネットワークが存在感を増してきた。「米国びいき」のメッセージを掲げ、米国産品の購入を呼びかける運動が活発化しているのだ。こうした運動はイデオロギー的な熱を帯び、重工業に始まり消費者向けブランドに至るまで幅広い業種に急拡大していった。
こうした経済的ナショナリズムは、今日初めて生まれた現象ではない。米国では、古くは独立革命の時代に、英国からの輸入品がボイコットされたことがあった。その後も大恐慌時代や、日米貿易摩擦の時代、北米自由貿易協定(NAFTA)の締結後など、経済的ナショナリズムが勢いを増した時期があった。
しかし、これまでの経済的ナショナリズムのうねりは、主として米国政府、労働組合、政治的エリート層が主導したものだった。それに対し、今回は起業家や消費者運動が牽引役になっている。
筆者らの研究では、現在の経済的ナショナリズムの波が生まれて以降、企業の米国びいきのメッセージがどのように変わってきたのかを調べた。具体的には、米国の消費者が作成した「Made in USA」のリスト633点から5355社の企業を選び、それらの企業のウェブサイトの変化を追跡調査した。調べたウェブサイトのバージョンは25万8374点に上った。ウェブサイトの記載内容には、自社に関する情報や自社のアイデンティティに関するストーリーなどが含まれている。
この調査により見えてきたのは、愛国主義と祖国への誇りの感情から、「我々対彼ら」という図式のナショナリズムの感情への変化が起きているということだった。
こうした変化は、企業に機会をもたらすと同時に、リスクももたらす。米国びいきのメッセージは、新しい収益源への道を開き、ロイヤルティの高いステークホルダーの基盤を固める効果を発揮する可能性がある。
しかし、そうしたメッセージがより大きな政治的運動に飲み込まれてしまうと、自社のナラティブをコントロールできなくなりかねない。明確な立場を打ち出すことを避けても、この問題から逃れられる保証はない。自社が加わるつもりのなかったナラティブにからめ取られるおそれがあるのだ。
本稿では、筆者らの研究をもとに、米国企業が自社の潜在的なリスクを把握するための手引きをしたい。
米国びいきの感情を表現することに伴う、ややこしい問題
ナショナリズムは、国単位のコミュニティと自己を一体化して考えることにより生まれる。それは、歴史と文化と場所を共有している集団とつながり、その集団から敬意を獲得し、その集団を擁護したいという欲求だ。愛国心とは、自分の国と仲間の国民のことを誇りに思う感情であり、それはコミュニティと自己を一体化することの一形態といえる。
しかし、人が自分の経済的地位や生活様式が脅威にさらされていると感じた時、誇りの感情は、アウトサイダーと見なした対象への不満や怒り、敵意に転じる。ナショナリズムのムーブメントが持ち上がるのは、人々の共通のアイデンティティが集団レベルで動員された時だ。国というコミュニティの利害を政治的・経済的な場で主張すべきだという考え方の下に、その国の企業や消費者や政治的アクターが結集すると、そうしたムーブメントが生まれるのである。
最近の研究によると、企業は長い間、ナショナリズムを「外国的であることによる重荷」と見なしてきた。要するに、多国籍企業が他の国で──特に途上国で──直面する問題と考えていたのだ。しかし、そのような見方は視野が狭すぎる。愛国主義とナショナリズムの感情は、米国社会に充満する不満に根差し、政治的分極化により先鋭化しており、米国のビジネスのエコシステムにおいて強力な国内要因になっているのだ。








