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シンプルなオペレーションの裏に、複雑さを抑える仕組みがある
マネジメントの中核は統制(コントロール)であり、物事があるべき姿から逸脱しないよう、管理していくこと、というのが前回の学びだった。
そこでメンターは、「自発性は、マネジメントの枠の外で生み出していくもの」と意味深な言葉とともに、「そもそも、なぜマネジメントが必要となるのか」という問いを投げかけてきた。
私は、考えてきた答えをぶつけてみた。
「それは、人が、弱い生き物だからではないでしょうか。誰かに監視されていないとサボる。だから、マネジメントが必要なのではないでしょうか」
なるほど、とメンターは微笑んだ。
「そういう点もあるかもね。ただ、マネジメントという概念が発達していった理由は、もう少し別のところにあるの」と切り出した。
解説:マネジメントの正体は、複雑性を制御して運営を続けること
管理者(マネジャー)の仕事は人材育成、評価、調整、リスク管理と実に多岐に渡ります。それらの業務を貫いて働く、大きな機能の一つがマネジメントです。平たく言えば、仕組みを回し続ける機能のこと。そう聞くと、ごく当たり前の営みに思えますが、ではなぜ、わざわざ一つの概念として発達するほど、大掛かりなものになったのでしょうか。
そのカギが、リーダーシップ論の大家、ジョン・コッター教授の定義にあります。「複雑な状況にうまく対処するのが、マネジメントの役割である」 [注1]。
奥深い言葉ですが、いったいどういう意味でしょうか。身近な例で考えてみましょう。
たとえば、全国展開する牛丼チェーンをイメージしてください。北海道から沖縄まで、どこに行っても「いつもの味」の牛丼が、手頃な値段で食べられる。食券機で注文し、空いている席に座っていれば、数分で料理が提供される。顧客からすると、それは複雑どころか、極めてシンプルなオペレーションに見えます。
しかし、よく考えてみると、その裏には、相当な複雑性が潜んでいるはずです。
店舗の業務を思い浮かべてみてください。まず、やるべきことが圧倒的に多い。厨房・トイレ・フロアの清掃や、徹底的な衛生管理。食材の鮮度チェックと在庫確認、発注の判断。スタッフの採用や育成、シフトの調整。売上げの集計と帳簿の記録。食材の廃棄管理と、翌日分の仕込み。
特に営業中は待ったなし。調理・盛り付け・接客・レジ・片付けをはじめ、さまざまな業務がリアルタイムに同時並行で回り続ける。しかも、どの店に行っても、同じ味、同じ盛り付け、同じ質の接客が求められる。紅生姜が切れるだけでも、お客さんを残念な気分にさせてしまうかもしれません。
そこに、必ず「揺らぎ」が発生する。スタッフの急病、機器の不具合、クレーム対応、予定や計画を一気に狂わせる突発的な事態が、いくらでも割り込んできます。
そして最大の難関は、この仕組みの真ん中に居座るのが「人」だという点です。
感覚もバラバラ、感情の起伏もあり、体調の良し悪しもある。そんな多様で不安定な人間が、この繊細な仕組みの中心に据えられるのです。スタッフ間の不仲もある。盛りつけが多めになりがちな人もいれば、手を洗うのを面倒くさがる人もいる。もしかしたら、不適切な動画をSNSに上げてしまう人すら、いるかもしれない。そんな「人」が、このデリケートな仕組みの中心に据えられている――もはや、十分すぎるほど、複雑ですよね。
こうした複雑なシステムを無事に運営していくために、秩序が必要となるのです。個人個人が勝手に動いて複雑性を加速させるのではなく、足並みを揃え、秩序立って動く。皆が拠り所にする計画、行動の基準となるルールや手順(マニュアル)を定め、そこからずれないように収めていく。そのために、マネジメントが必要なのです。
牛丼チェーンのオペレーションがシンプルに見えるのは、マネジメントが複雑性をうまく抑え込んでいるからです。そして当然、その仕組みが秩序立って効率的に回れば回るほど、コストは抑えられ、それは価格に反映されていく。
私たちが、お手頃価格でいつもの味を、日本全国どこでも楽しめる。その「当たり前」を支える偉大な仕組み――それが、マネジメントなのです。
* * *
メンターは、よくある現場の悩みとして、他の事例を挙げた。
・ある会社では、サービスの一部として食事を提供していたが、ベジタリアン食等の特殊なメニューは、24時間前にオーダーを締め切る決まりがある。しかし、お客様の要望に応えたい、おもてなしをしたいと願う担当者たちは、そのデッドラインをはるかに超えたタイミングでも、現場に頭を下げて、オーダーを受けたくなる。受ければ、当然、お客様は喜ぶ。だが、現場の業務の複雑性は激増する。
たしかに、ありがちな話だ。目の前のお客様を思う気持ちから、多少ルールに目をつぶってでも動いてしまうことはあるだろう。ただ、その行動がエスカレートしたり、誰もが特別対応を始めたりしたら、それこそ収拾がつかなくなる。
とはいえ、その想いを一律に抑え込んでよいものか。
「お客様に満足してほしい、自社の商品やサービスのよさをわかってほしい、という個々の気持ちは尊いと思います。それをルールで縛るだけでは、一人ひとりの自発性を削いでしまうのではないでしょうか。それこそ、力づくでコートをはぎ取る北風みたいに」。メンターが前回使った寓話「北風と太陽」になぞらえて聞いてみた。
「そこにも誤解があるみたいね。ルールを守らせることが、自発性を削ぐことに直結するとは限らない。だから、ルールを守らせるのが北風マネジャー、というわけでもないの。いずれにしても、複雑な仕組みをマネジメントすることと、個人の想いは、両立させていくものよ」
「そう簡単に両立なんてできますか。現実には、想いで動けば現場は混乱するし、ルールで縛れば想いが冷める、というのがほとんどではないでしょうか」
「想いが冷めるのは、本当に、ルールで縛っているせいかしら」
メンターは優しく微笑み、新たな問いを投げかけた。「そもそも、働く個々人の想いとマネジメントは、すれ違いが起きる構造にある。それはなぜだと思う?」
【注】
1) John P. Kotter, "What Leaders Really Do," HBR, May-June 1990.(邦訳「[新訳]リーダーシップとマネジメントの違い」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年9月号)
本連載のバックナンバーはこちら。





