第1の嵐
 消費者は、大挙してモバイル機器に移行している。さらに、クレイトン・クリステンセンが最近のニーマン・リポートで述べたとおり、そのような消費者はタスク(用事)を済ませることに一所懸命だ。

 私たちはツイッターでニュースをチェックし、グーグルマップで道順を確認し、ザガットでレストランを比較する。インスタグラムで写真を撮り、フェイスブックにアップロードする。エレベーターの中でスマートフォンとにらめっこをしている人々は皆、怠け者でもなければ社交嫌いでもない。彼らは用事を済ませているのだ。

 彼らがしていることは、他にもある。興味を持ったもの、役に立つもの、あるいは友達の役に立つかもしれないと思ったものを共有しているのだ。モバイルによるシェアは、クチコミの新たな方法となっている。

第2の嵐
 視線の集まるところに広告あり。eMarketerの記事によると、2012年に40億6千万ドルだったモバイル広告収入は、2016年には208億9千万ドルまで成長するという。残念ながら、代理店は広告史上最悪の発明であるバナーをモバイル機器の画面に収まるように縮小しただけだった。

 用事を済ませることに一所懸命な消費者にとって、バナーは良く言っても邪魔な存在であり、悪ければ見えてすらいない。モバイルアプリのマーケティング・プラットフォームであるトレードモブ(Trademob)の最近の調査によると、モバイルバナーのクリック数のうち約4割が「ファットフィンガー・シンドローム」(誤って触れてしまうこと)か、広告主の策略による意図せぬクリックである。モバイルバナーは役に立たず、何の価値もないため、誰にもシェアされない。もし広告主が、万が一にもその広告がシェアされるかもしれないと思ったなら、きっと広告に「シェア」ボタンをつけたはずだ。

第3の嵐
 第1と第2の嵐によって、広告が隣に挿入されるような従来型のコンテンツを制作する多くの企業――特に、紙の刊行物を抱える昔ながらの出版社――は苦しんでいる。それどころか、あのグーグルでさえ、消費者がPCからスマートフォンに移行することで、クリック単価が減少している。モバイル広告に効果がないのなら、広告主はPCのようには広告費を払わない。印刷広告やテレビ広告に比べれば、その額はずっと少なくなる。結果として、多くの才能あふれる有益なコンテンツの制作者、特にジャーナリストが仕事にあぶれている。

売ることではなく、役に立つことを学ぶ
「カスタマーサービスは、ウェブのキラーアプリだ」と、グーグルのエリック・シュミットは1998年に発言した(当時はサン・マイクロシステムズ所属)。グーグル、ザッポス、アマゾン、イーベイといったブランドの勝因は、「何をお売りしましょうか?」ではなく「どうお役に立てますか?」と聞いたことだ。

 広告主と代理店は、どうすれば役に立てるかをほとんど知らない。30秒のテレビCM、印刷広告、ラジオ広告、ダイレクトメールはどれもコンテンツの一形態だ。しかし、誰もそれに夢中にならない。なぜなら大半の広告が「何を売りましょうか?」と尋ねるものだからだ。何千人もの人々が、屋根裏にナショナルジオグラフィック誌を欠かさず保存している。これまでに作成されたバイアグラの広告をすべて保存している人がいるだろうか? 人々との関係を築くためにコンテンツを利用したいなら、相談する相手は代理店ではない。少なくとも、従来型の代理店では駄目だ。