こうした共有すべき価値観をウェルチは熱心に社内の人々へ直接語りかけ、会社の隅々まで浸透させることに労をいとわなかった。後に有名になった「クロトンビル」にしてもそうだ。これは社内のマネジャー教育機関であるが、ウェルチは在任中、時間を割いて繰り返しクロトンビルのセッション(講義)で自ら講師を務め、次世代の経営幹部に対してGEのミッションや価値観を発信し、対話を繰り返した。90年代になると、自分の時間の70%はこうした人材開発やマネジャーの評価に使っていたという。

 ウェルチによるGE改革の軌道修正を象徴するのが「NよりもV」という、マネジャーの評価基準に関わる方針だった。初期の段階では、前回話したように、結果を冷徹に評価する「Aプレイヤー主義」だった。ところが、「3つのS」や「4つのE」の価値観、「ワークアウト」や「バウンダリレス」といった一連の全社運動に取り組むようになると、数字(N:ナンバー)で表される「業績」だけでなく、仕事のやり方、仕事に取り組む姿勢、その背後にあるものの考え方といった価値観(V:バリュー)も評価基準とされた。結果だけでなく、それに至るプロセスも評価するというわけだ。有名になった「360度評価」にしても、このプロセスを評価するための方法論だった。「ワークアウト」や「バウンダリレス」などへの取り組み姿勢もVの評価基準の重要な一部となった。

 結果(N)とプロセス(V)の両方を評価するようになると、ウェルチは「NよりもV」(数字で出てくる当該期間の業績よりもGEの価値観を体現した仕事のやり方をしているかどうかを重視して評価する)という方針を打ち出した。これが実際にどういうことなのか、ウェルチ時代のGEでマネジャーとして活躍していた経験を持つ藤森義明さん(現在はLIXIL代表取締役社長)の話が面白かった。

「NとV、2つの軸で評価すると、両方とも優れているマネジャーもいれば、Nは突出しているのにV軸では評判が悪い人も出てくる。たとえば、売り上げをガンガン伸ばす営業部長でも、優秀な人材や情報を自分のところに囲い込んでしまって、周囲の足を引っ張ってでも数字を伸ばそうとするような人。こういう人はVでは当然評価が低くなる。逆に、Nはピカピカでなくても、Vでは一貫して評価の高い人もいる。Nが優れていてもVではさっぱりという、営業部長の例にあるようなマネジャーは、NとV両方で評価が低い人よりもさらによくない。組織に対してネガティブな影響を与える。だから強制的に排除しなければならない、というのがウェルチさんの考え方。数字の業績は景気や外的な要因にも左右されるから、よっぽどのことがない限り、常にトップ20%に入るというのは難しい。しかし、V軸で高く評価されるような人は一貫して優れている。短期的な数字をつくる人よりも、ときどきはNで振るわなくても、Vがぶれない人のほうがGEでは昇進していった。これが『NよりもV』ということ。」

 このような軌道修正を経て、「ニュートロン・ジャック」としてGE改革に乗り出したウェルチは、20年後に退任するときには、破壊主義者の面影はすでになく、「共通の価値観で俊敏に動く組織の構築者」として称賛される「偉大なリーダー」になっていた。
 

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