大企業の意思決定の遅さや保守的な企業文化は、イノベーションには適さない――こうした通念がある一方で、大企業ならではの強みもあるとアンソニーは指摘する。規模の強みをうまく活用しながら、イノベーションの「カタリスト」を持つことがカギであるという。
私は2012年9月号のハーバード・ビジネスレビューに寄せた論文"The New Corporate Garage"(邦訳「スタートアップ4.0」DHBR2013年8月号)で、新たな潮流について述べている。既存の組織能力と起業家精神を併せ持つ、進取の気鋭に富む大企業が、大きなインパクトをもたらすようになるという主張だ。企業に属するイノベーターは、大企業だけが実現できる大きなビジネスチャンスを狙うべきである。経営者は、変革を起こすイノベーションとインパクトを促進する企業文化を醸成しなければならない。
大企業であることが、強みではなく問題であると考えている人はいまだに多くいる。新しいベンチャー企業が日々現れ、もてはやされている。だから、大企業はイノベーションに適した場所だ、という意見は直感に反するように思えるかもしれない。だが、変化はすでに始まっている。論文ではそうした例の1つとして、スイスの大手農薬会社シンジェンタの事例を紹介している。同社は既存の農作物保護製品を活用して、小売店と密接に協力しながら、消費財メーカーでは一般的である小袋に小分けした製品を開発した。同社の「ウヴェゾ」(スワヒリ語で「能力」の意)プロジェクトにより、高度な技術に基づいた製品をケニヤの小規模農家400万戸が入手している。
論文で紹介した他の事例と同様、シンジェンタの事例にも中心的な人物――「カタリスト」(触媒)の役割を果たす人がいた。社内外から経営資源を集め、破壊的な成長をもたらす戦略を支援する組織体制をつくる人物である。こうしたカタリストを得るためには、次の3つの問いが重要となる。
1.有望な人材を見つけるために、自社の世界的な規模という利点を活用しているか。
巨大なグローバル企業は、カタリストとなりうる有望人材の獲得競争において、隠れた利点を持つ。上海、サンパウロ、ジャカルタといった都市では起業ブームが高まっているものの、有望人材の多くは多国籍企業へと向かう傾向にある。これは多くの新興国市場でも同様だ。
IBMの例を考えてみよう。同社は世界中に40万人の従業員を抱えている。世界中から優秀な人材を探し出して、取り込み、能力開発を行って磨きをかけるだけの経営資源がある。シリコンバレーで従業員が2人だけのベンチャー企業には、そんな組織能力はない。
世界中で人材を獲得するだけでなく、IBMはその人材が世界各地に行き渡るよう努めている。先頃開かれた「アジアには、21世紀のイノベーションをリードする人材はいるのか」と題したパネル討論では、IBM人材担当副社長のダイアン・ガーソンが変革への取り組みを説明してくれた。同社では、少数の上級幹部たちに長期間の海外勤務をさせるという従来のやり方を改めつつあり、より若い人材に、より短期間の海外勤務を経験させるようになっている。これは「ビッグブルー」と呼ばれるIBMが、その世界的な規模の利点をフル活用している一例である。