トロント映画祭を成功に導いたのは、「ダブルダウン」と呼ばれる統合思考の一形態であるという。これは2つの相反する論理を混同せず、両者のメリットを引き出すものだ。


 我々はデソーテル統合思考センターで、統合的戦略について研究している。これまでに、統合的戦略の展開には3通りの方法があることを明らかにした。これから1つの記事で1つずつ紹介していく。まず、トロント国際映画祭でピープルズ・チョイス賞を創設したピアーズ・ハンドリングの事例から始めよう。この戦略は一般的な映画祭の常識には逆行するものだった。

 これは我々が「ダブルダウン」と呼ぶ戦略の例だ。つまり、一方のモデルの特質を非常に強く打ち出すことにより、他方のモデルのメリットも生じさせるという方法だ。トロント映画祭のケースではこの統合的な戦略をとることで、映画祭の包括性(一般の人も参加すること)と話題性(メディアからの注目)のトレードオフを解決策に転換した。すなわち、一般の人々を巻き込むことで話題を集めたのだ。

 ハンドリングはどのような思考プロセスを用いたのだろうか。まず、彼は次の2つのモデルの論理構造を真に理解していた。

1. もし、映画祭を排他的な(一般の人が参加できない)ものにすれば、その結果、話題性(つまり、メディアからの注目)を生み出すことができ、映画業界も参加したがる。しかし、地元のコミュニティはこの楽しいイベントから締め出される。

2. もし、映画祭を包括的な(一般の人も参加する)ものにすれば、その結果、地元の映画ファンのコミュニティを築くことができ、加えて地元の映画業界も活気づく。しかし、他の地域の映画業界は映画祭への参加にあまり興味を示さないだろう。

 彼は2つの論理を混同しなかった。そして両方の価値を理解していたのだ。だから、人々が包括性を感じる仕組みも十分にわかっていた。具体的には、専門家で構成される審査員がいないこと。少数の映画の試写ではなく、多数の映画を見られること。一般の人々を締め出すベルベットのロープを張らず、観客が簡単に出入りできること。