東レは工場の中に、ユニクロ専用ラインを設置する。このラインには、東レの社員であっても、他のアパレルの担当者は入れない。東レのFR担当社員と、FRの東レ担当社員だけが入れるマル秘工場なのである。
この工場で、FRの社員は、顧客の潜在ニーズを抉り出して東レの社員にぶつける。東レ側はアパレル業界にとって非常識な要求を真正面から受け止め、工夫をかさねて商品化を進めていく。このような切磋琢磨の中から、メガトン級のヒット商品を生まれてくるのだ。
緊密な連携を成功させるには、
深い信頼関係と真剣勝負のやりとりが必要
「まさに、いまはやりのオープン・イノベーションの先駆けですね」
筆者が柳井CEOにそう持ち掛けたところ、こう切り返された。
「名和さん、コンサルタント出身の学者は、これだからいけない。オープンなんて、そんないい加減なものじゃありません。お互い刺し違えるくらいに、コミットしあっているんですから」
確かに、お互いに真剣勝負そのものだ。異質なプレーヤー同士の緊密な連携、すなわち、「X(クロス)カプリング」が、深い信頼関係の中で、知恵と知恵がぶつかり合い、新しい知恵が生まれる場を生み出す。
今から100年前、経済学者のジョセフ・シュンンペーターが『経済発展の理論』の中で、イノベーションを「新結合」と定義した。FRと東レの「バーチャル・カンパニー」は、Xカプリング(異業種間新結合)がイノベーションの起爆剤となることを、1世紀を経た今あらためて証明している。
顧客に密着しているFRが企画し、それを東レの技術が支える。この構造は、今後の日本企業の成長の1つの可能性を示しているのではないだろうか。特に、素材や部品業界には、東レに限らず、世界レベルの日本企業が少なくない。そこにFRのような顧客提案力のある企業がプロデューサー役を買って出ることによって、宝の持ち腐れとなっている技術の新たな突破口が開かれるはずだ。
家電、IT、半導体などのハイテク業界では、自社独自の垂直統合モデルで競争優位を築いたはずの日本企業が、総崩れとなった。アメリカや台湾、中国などが、商品開発(ファブレス)と製造(ファウンドリー・ODM)という世界的な水平分業モデルをもちこんできて、圧倒的な優位を確立したからだ。
一方、アパレル業界を含む衣食住周りのBtoC型生活産業は、素材や部品業界などの有力なBtoB企業とのパートナリングを通じて、日本ならではの高機能かつホスピタリティ(「おもてなし」)性の高い事業で、世界を席巻できるポテンシャルは十分ある。今後は、FRと東レ同様、BtoC企業とBtoB企業のX(クロス)カプリングによってそれぞれの知恵を持ち込み、学習優位を確立することによって、シュンペーター流のイノベーションで世界をリードする日本企業の登場を期待したい。