ここから生まれたのが、ミスター・ロジャース(アメリカの子ども番組で人気を博した俳優。2003年に死去)が「ガーデン・オブ・ユア・マインド」を歌うリミックス動画 だ。昔の番組のシーンをつなぎ合わせ音程補正処理を加えた映像で、ミスター・ロジャースが実際に歌っているように見える。公開から48時間のうちにYouTubeで最も閲覧され、最もシェアされた動画となった。
失敗の評価基準を導入する前であれば、チームはこの動画の制作を、ひいき目に見てもリスキーな行為、悪くすれば冒とく行為と考えただろう。失敗の評価基準がきっかけとなって文化が変わり、チームは失敗をしても守られるという安心感を持つことができたのだ。
どんな革命も、やがては反対勢力に直面する。我々も例外ではなかった。失敗の評価基準はデジタルチームにとって、拘束状態からの解放を保障するものであったが、それ以外のPBSの人々にとっては何の関係もなかった。デジタルチームのリーン・スタートアップのような進み方と、組織全体の伝統的な文化のあいだに、緊張が生じ始めた。
このような緊張は、適切に管理されれば健全なものとなる。どんな文化も、もう一方の文化に挑みながら成長するものだ。しかし現実には、既存の文化が新たな文化を破壊してしまうことのほうが多い。現在までのところ、PBSはそのような状況には陥っていない。これはCEOのポーラ・カーガーに負うところが大きい。彼女は新しいデジタルの文化を育て支えながら、一方で伝統的なテレビ事業で視聴率を上げる、という困難な任務を成功させている。
文化の変革を徹底させるには、過激であると同時に段階的に進めなければならない――このことを我々は学んだ。過激であれというのは、チームを鼓舞するには大胆な目標が必要だからだ。段階的にというのは、つまりクビにはなりたくないからだ(加えて、大幅な変革を一度に受け入れられる企業は稀である)。
過激になるために、我々はチームのミッション・ステートメントを2語に置き換えた。Reinvent PBS(PBSを改革する)である。
始めの小さな一歩として、PBS.TVという1つのサイトを立ち上げた。これは、PBSのウェブサイトはこうあるべきだという社内的な思い込みも、視聴者の予測も覆すものだった。
正しい方向に進んでいると感じたのは、AP通信が「PBSは、あなたが思っているよりクールかもしれない」という記事を載せた時だ。また、ツイッターで人々がPBS.TVを「本当にヤバい」と言い始め、フォーカスグループでの調査で中年女性が「これがPBSだとは信じられません。とても……現代風です」と言った時にもそう感じた。
そして重要なのは、我々が事業としての実績をあげたということだ。失敗の評価基準という衝撃を組織に与えてから5年間で、PBS.orgへの訪問者数は2倍になった。インターネット調査会社のコムスコアによると、2013年には1月~7月までの各月で、PBS.orgへの訪問者数はABC、CBS、NBC、Foxを上回り、最も訪問者が多いテレビ局のウェブサイトとなった。
また、同期間にPBS.orgと当社のモバイルサイトでの動画視聴回数は、1万1200%増加した。1月には200万回だったのが、7月には2億5000万回に達していた。この増加により、PBSkids.orgは17カ月連続で、最も人気のある子ども向け動画サイトとなった。
結局のところ、失敗の評価基準は言葉による離れ業のようなものだった。導入から数年後、何人かのスタッフは次のように話してくれた。仮に私が「失敗する許可を与える」と言っていたら、それは会社のたわごとにしか聞こえなかった。失敗を「義務」としたことでスタッフは衝撃を受け、真剣に受け止めることになったのだという。従業員や組織全体を心地よい領域から引きずり出し、持続的な変化を起こすためには、時に離れ業も必要なのである。
HBR.ORG原文:How I Got My Team To Fail More September 13, 2013
ジェイソン・サイケン(Jason Seiken)
『テレグラフ』紙の最高コンテンツ責任者兼編集長。過去にwashingtonpost.comの創設編集長、続いてAOLおよびAOLヨーロッパの幹部として、デジタル事業の変革を20年近くにわたり推進。本記事執筆時はPBSのシニア・バイス・プレジデント兼デジタル部門のゼネラル・マネジャー。