この精神は、トヨタの組立工場での勤務から経営幹部へと上り詰めた豊田章男にも見られる。彼は2008年、ニューヨークタイムズ紙のインタビューで次のように語った。「もし私が自動車会社のトップになるなら、車に対する知識だけでなく、その中身を知り尽くした“オーナーシェフ”になりたいのです。自分自身で車を味わい、おいしいものだけをお客様にも提供します」。CEOになった豊田氏はこの言葉に従って、大胆にリニューアルした〈クラウン〉を昨年発表し、ホットピンクのバブルガムのような味わいを提供した。

(写真提供:Morio, Wikimedia Commons)

 消費者向け技術がステータスの証しとなっているこの社会では、テクノロジー企業のCEOは毎年、UXを効果的に披露するデモンストレーションを行う必要がある。CEO自身と製品とのつながりを明示するためだ。さもなければ、競合他社に対して威信を保てず、株価の下落に見舞われかねない。しかし製品デモは第一歩にすぎない。UXに敏感な企業文化を促進するためには、CEOはショーマンシップの先へと進む必要がある。

 一部のCEOは、自社製品を日常的に使うことでUXの何たるかを理解している。最近私が会った、ある金融サービス会社の経営幹部は、自社のプロダクトエクスペリエンス(製品のサービス体験)にこだわるあまり、毎日カスタマーサービスに新たなクレームの電話をかけている。自社製品がどう提供されているかを、彼らに深く理解させるためだという。

「顧客」から「ユーザー」へ

 一方、反対の問題を抱えている幹部もいる。エンドユーザーを理解しないままに、顧客との関係が近くなりすぎるのだ(ここでの顧客とは、たとえば自社のソリューションを購入してくれる顧客企業のITマネジャーであり、エンドユーザーはそのソリューションを毎日使用する人々)。こうした場合、営業チームから寄せられる大量のフィードバックが、「フィーチャークリープ」を生むおそれがある――あらゆる顧客を満足させようとする結果、もともと意図しなかった機能が次第に製品に忍び込んでしまうのだ。その過程で、一貫したユーザーエクスペリエンスは失われてしまう。結果、余分な機能が追加され続けるきわめて受動的な製品開発の文化が生まれてしまう。そうなると、UXに最大限集中している能動的な競合他社に遅れを取る。これは多くの業界で破壊的変化の要因となりうる。

 では、自社のUXが実際にエンドユーザーに貢献しているかどうかを知る方法はあるのか。まず、UXに関する顧客調査から始めよう。顧客が基本的なタスク(たとえば車をレンタルする、ホテルにチェックインする、など)を果たす際に、製品を通して行う必要がある一連のインタラクションを把握するためだ。ユーザーエクスペリエンスの複雑な実態が明白に視覚化された調査結果を見れば、ほとんどの幹部はたじろぐはずだ。