インド・中国市場に見る「パイサ・ヴァスール」
インドに旅行に行くと、すぐに多くの消費財がいまだに露店や市場で物々交換されていることがわかる。こうした露店や市場では、ほとんどすべてのカテゴリーの商品を扱っている。言い値で買ってはいけない。最初のやりとりで物々交換が成立してしまったら、売り手も買い手も面目を失うからだ。子供たちは幼い頃から、買うときは払えるお金だけ、売るときは商品が売れると思う値段だけを言うよう教えられる。「賢くお金を使え。値段の交渉ができるようになれ。より安い値段を申し出ることを恥ずかしいと思ってはならない」とたたきこまれる。
「パイサ・ヴァスール」はインドの言葉だが、同様の考え方は中国でも広くゆきわたっている。中国では欧米スタイルのチェーンストアがインドよりはるかに普及しており、地方チェーンと全国チェーンをあわせて、中国の消費者の購入額のほぼ半分を占めると私たちは見積もっている。それでも、中国の消費者は生鮮野菜、食肉、地元の名産、安価な衣類、薬、インテリア用品は主に地元の露店で買う。
中国とインドで成功している企業には、「金額に見合う価値」を実現する戦略的方法を見出しているところが多い。その方法のひとつが、自社商品にまだ馴染みのない消費者向けに安価な価格設定を導入することである。商品カテゴリーによって異なるが、ほとんどの食品やパーソナルケア製品で10ルピー(0.16ドル)未満、6人民元(1ドル)未満の価格帯がこれにあたる。新たな消費者層が露店や旧来型小売店に出かけるときにポケットに入れている小銭がこれくらいの金額だからだ。一人当たりの購入額は少額でも、数百万人もの消費者たちからの売上を足し合わせれば大きな額になる。
たとえばインドでは、ゴドレジ・グループが、粉末状の染毛剤の3グラム入りパッケージを7ルピー(0.11ドル)で売っている。同社はこの商品を110万軒の小売店で販売し、インドの染毛剤市場で65%のシェアを有している。中国では、首位の飲料メーカー、コカコーラがいくつかの小規模都市向けに「1人民元コーラ」をつくり出した。
一見したところでは、商品を少量で低価格のパッケージに仕立て直して何百万人もの消費者が買えるようにするこれらの戦略は簡単に聞こえるかもしれない。しかし、見た目よりずっと複雑だ。的確に生産できる能力、広範に流通できる小売網、原料のイノベーション、粗利益を出せるクリエイティブな商品設計、迅速に行動できる能力――こうした革新的な要素や優れた能力を組み合わせた戦略が必要となる。才能や想像力、そして、消費者にとっての価値を生まないコストはすべて廃絶する覚悟が求められる。