表1を見ておわかりの通り、J氏はベテランアナリストと正反対の調査結果を提出した。当該企業の社長は若手の野心的経営者で、J氏は彼の言葉に大きく感化されてしまった。時を同じくしてJ氏の評判が徐々に社内で上がってきた。J氏は経験の少なさを忘れ、自信がみなぎるのを感じ、この銘柄の買い推奨を出したのである。

表1
またあるとき、会社の株式営業部の友人から、この銘柄を投資家に売り込みたいのでその支援材料になるレポートを書いてほしいと依頼されていた。営業成績への貢献がボーナスに響くことからも、「買い」推奨を出すインセンティブがJ氏にはあった。結果として、経営者への憧れとボーナスへのインセンティブ、そして自分の能力への過信が重なって、この株は上がると思い込んでしまったのである。
ところが、翌月この企業は倒産してしまった。ベテランアナリストの指摘にあった通り、盤石な収益源を持たないまま財テクに依存してきた経営に無理が生じたのだ。市場の過熱感も最高潮に達していたため債権の焦げ付きを懸念した銀行が、融資の引き揚げか金利の引き上げのどちらかを選択するように経営陣に打診し、結果として融資が引き揚げられたのだ。そしてたちどころに資金繰りが悪化して手形の不渡りが発生してしまったのであった。
温厚な上司のおかげでJ氏は幸いにもアナリストの職を解かれずに済んだものの、ベテランアナリストと自分の力量の差を痛烈に感じた、と後日語っていた。
このようなコントロールイリュージョンにまつわる失敗談は、それこそ枚挙に暇がない。かつて市場関係者を震撼させたエンロンの破綻前夜、大手証券会社のアナリストはこぞって、「これからはエンロンの時代」ともてはやしていた。
コントロールイリュージョンは情報が限定的な場合や「専門家」と称される職種ほど大きな影響を与えがちである。その意味では、アナリストの収益予想には常に主観的バイアスがかかっていると考えたほうがよいかもしれない。
こうした問題に対処するには、客観的に自分の考えを見直すしかない。そして、それは意外と簡単なことかもしれない。たとえば、新聞記事の中から自分の意思決定に関わるコメントを探す、あるいは、自分よりも経験を積んだ先輩のアドバイスを参考にしたり、第三者の見解を自分の中に取り入れ、それを分析することなど、少しの注意で抜け出すことは可能な場合もある。常に、自分の論理展開を客観的に振り返り、他者の意見を取り入れることで、失敗のストレスを軽減させることができるのだ。
(つづく)
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