アップル iPod / iTunes のビジネスモデル

 具体例を見ていただいたほうがわかりやすいので、アップル社の事例を使って説明します。

 2001年1月、アップル社(当時はアップルコンピュータ社)は音楽データをパソコン上で管理するソフト「iTunes」の無料配布を開始しました。当時、MP3ファイルが再生できるソフトはほとんどが有料でした。そんな中iTunesは、有料ソフトにまったくひけをとらない機能と、アッブル流のシンプルでわかりやすいインターフェイスを備え、世界中にばらまかれたのです。

 そして同年11月、iPodが発売されると、iTunesはパソコンとiPod上で音楽データを管理し同期するツールとして機能し始めます。iPodをコンピュータにつなぐと、Auto-Sync(オートシンク)機能で曲が自動的にダウンロードされました。それまでのMP3プレーヤーは、曲をダウンロードするために煩雑な手作業をユーザーに強いました。iPodはそのユーザー体験を劇的に変え、シームレスな音楽体験を可能にしました。

 当時のMP3プレーヤーのデータ容量は限られていて数十曲しか入らなかったのに対し、iPodは大容量5GBのハードディスクを搭載。「1000曲をポケットに」のスローガンを掲げ、「自分の全ての音楽コレクションを持ち運び、どこででも聞くことができる」という「価値提案(VP:Value Propositions)」を提供したのです。

 47,800円という非常に高い値段にもかかわらず、「ハイエンドの音楽ファン」を中心に大ヒット。発売当初のiPodはアップル社製のパソコン(Mac)にしか対応していませんでしたが、2002年にウィンドウズ対応版が発売されると、iPodはまたたく間に世界中に広がっていきます。そして2003年4月、音楽会社を「パートナー」として迎え、アップルが満を持して開始したのが、iTunesを介した音楽配信サービス「iTunes Music Store」。現在は「iTunes Store」と名前を変え、音楽に限らずビデオやオーディオブックなどまで幅広く販売しています。「収益の流れ」は、iPod本体と音楽などのコンテンツの販売。音楽データ管理ソフトiTunesは無料。「コスト構造」は、製造費、人件費、マーケティング費などです。

「顧客との関係」は、モノとしての製品を販売して終わりではなく、iTunesStoreを通じて顧客との長期的な関係が続きます。販売「チャンネル」として、小売店やオンラインストアだけでなく、自社専用のリアル店舗(Apple Store)を展開したことも特徴的です。「経営資源」と「主要活動」に関しては、Appleブランド、コンテンツ利用許諾などの知的財産権、デザインや開発のための優秀な人材などが経営資源であり、ハードウェア設計、ユーザー体験設計、マーケティングなどが主要活動にあたります。

これらを1枚の図式化フレームワークにまとめたものがビジネスモデル・キャンバスです。ビジネスモデル全体を俯瞰して把握することが可能になります【図3】。

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【図3】アップル iPod / iTunes のビジネスモデル・キャンバス


 ビジネスモデル・キャンバスは「図式化フレームワーク」とはいうものの文字情報が非常に多いので、複雑な構造のビジネスモデルではじっくり読み込まないと、9つのブロックの「要素間の関係性」がつかみにくい場合があります。たとえば、iPodのようなハードウエア、ソフトウエア、サービスが三位一体となった高度なビジネスモデルや、顧客との関係が“売り切りではない”ビジネスモデルの場合は全体像がイメージしずらいという難点があります。そこで、本連載では、ビジネスモデルを直感的に図示する「ピクト図解」とビジネスモデル・キャンバスを2つセットで使うことを提案します。アップル iPod / iTunes のビジネスモデル・キャンバスをピクト図解に変換したものが【図4】です(ピクト図解に関しては次回詳しくご紹介します)。

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【図4】アップル iPod / iTunes をピクト図解する

 ピクト図解を使えば、ビジネスモデル・キャンバスの9つのブロックをグラフィカルに可視化することができます。この図ではアップル社を起点に、右サイドに「顧客セグメント(CS)」、「価値提案(VP)」、「チャネル(CH)」、「顧客との関係(CR)」、「収益の流れ(R$)」の5つのブロックを描いています。そして、左サイドには、「経営資源(KR)」、「主要活動(KA)」、「パートナー(KP)」、「コスト構造(C$)」の4つのブロックを描いています。
 【図3】と【図4】をあわせてご覧ください。2つセットにすると、アップル iPod / iTunes のビジネスモデルがより把握しやすくなることがおわかりいただけると思います。


 今回は、「ビジネスモデル・キャンバス」をご紹介しました。次回は、「ピクト図解」の描き方について具体的に解説します。(続く)

 

板橋 悟(いたばし・さとる)
1963年生まれ。「ピクト図解」考案者。エクスアールコンサルティング株式会社代表取締役、エデュテインメント・ラボ代表。東京工業大学理学部物理学科 卒業後、リクルートに入社。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)に社費留学。帰国後、KIDS向け教育(エデュテインメント)事業を新規事業として立 ち上げる。現在はビジネスプロデューサーとして、企業の新商品開発・新規事業開発支援をするかたわら、大学生に「世の中の仕組み・儲けのカラクリ」をピク ト図解メソッドで教えている。人気マンガ「『ONE PIECE』のビジネスモデル分析」は人気講座。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)修士課程在学。著書に『ビジネスモデルを見える化する ピクト図解』(ダイヤモンド社、2010年)、『「記事トレ!」日経新聞で鍛えるビジュアル思考力』(日本経済新聞出版社、2009年)、『なぜ分数の割り算はひっくり返すのか?』(主婦の友社、2011年)など。

※「ピクト図解」はエクスアールコンサルティング株式会社の登録商標です。