なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?』の著者、フィリップ・デルブス・ブロートンの記事を2回にわたってお届けする。営業で最も重要なものは何か。この謎を解くために世界中で取材を重ねたブロートンがたどり着いた答えは、テクニックではなく「その人らしさと役割の一致」だった。


 営業ほど、さまざまに評価が分かれる職種はない。セールスをする人、と聞いて私たちが思い浮かべるのは、『セールスマンの死』の主人公ウィリー・ローマンから、不動産王ドナルド・トランプ、アップルのスティーブ・ジョブズまで、さまざまに異なり相反する人物像である。説得のプロ、傲慢、人たらし、詐欺師、夢を与える人、大ぼら吹き――。だが彼らがいなければ、どんなビジネスも成り立たない。

 売り込みをしなければならないのは、営業担当者だけではない。起業家は、まだ具体化していない自分の構想や会社の価値を、説得によって認めてもらう必要がある。CEOは自分の行動に価値があることを、取締役会、市場、従業員、そして顧客に納得してもらわなければならない。政治家、芸術家、科学者であろうと、成功するためには自分の仕事や自分自身を売り込むことが求められる。

 営業は、ビジネスにおける最も人間的で機微に富む側面を扱う。しかし驚くことに、多くのビジネススクールでは必修科目にもなっていない。MBAの学生はファイナンス、戦略、オペレーションを義務的に教えられる――あたかも、ビジネスでは何かの力で自然に売上げが立ち、営業は所詮必要悪にすぎないかのように。

 しかし、ある優秀な営業担当者が私に教えてくれたように、営業の仕事とは人間の本質を理解するための最良の実験場だ。そこで私は、拙著『なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?』(邦訳2013年、プレジデント社)を執筆する過程で、世界中の営業職を取材することにした。さまざまな文化・分野で営業に従事する人々を訪ね、彼らの活動だけでなく、その時の心理状態も理解しようと努めた。

 取材はモロッコの市場にある土産物屋から始めた。いにしえの時代から続くこの市場では、山積みにされた商品越しに、売り手と買い手が互いの目を見ながら交渉しなければならない――eメールや電話会議に頼らずに。タンジールで最も成功している絨毯商人の1人であるアブデル・マジード・ライス・エル・フェンニは、セールスで毎日のように直面する客からの拒絶と屈辱にどう対処してきたかを説明してくれた。