「セールスは、物乞いのようなものです。何度も何度も、一日中、お願いし続けるのですから。セールスマンは、“ゆったりとした上着を着る”(鷹揚な精神でいる)べきです。何があっても動揺してはいけません。もちろん、時には殺意を覚えるような客に出会うこともありますが、そうするのは許されていませんから」

 気の合う人たちと美しい商品を取引する、という仕事を彼が心から楽しめているのは、侮辱をものともせず前へ進むという能力、そして「ゆったりとした上着」を着て精神的なゆとりを持つ能力があるからだ。

 フロリダ州タンパ在住のアンソニー・サリバンは、テレビのインフォマーシャルに出演するセールスのカリスマだ。彼いわく、理詰めで売ろうとすると、間違いなく失敗するという。

「私の仕事相手のなかには、売ることについて何でも知っているという人たちがいます。でも、彼らはうまく売ることができません。この仕事に必要なものが欠けているんです。一方で、子どもがインフォマーシャルを真似ているユーチューブ動画が何百万回も再生されたりしています」

 サリバンは、営業についての本を数多く読み、勉強会やセミナーにも参加してきた。しかしそのほとんどは、束の間の効果しかもたらさないという。「本やセミナーによって、やる気に満ちあふれるのですが、やがてすぐにこれまで通りのやり方に戻ってしまのです。飲み屋でけんかになれば、おのずといつものやり方が出てしまうのと同じです」。結局は、ありのままの自分が表れてしまうということだ。

 インド系のIT企業インフォシスでアメリカ事業を統括するアショク・ベムリも、同様のことを指摘している。営業担当者を多く採用すればするほど、営業の世界に蔓延するステレオタイプとの研修法に失望を覚えるばかりであった。多くの営業研修で教えられている定番の手法は、実践では役に立たないと彼は述べる。「まるで、男の販売員は皆ダーティ・ハリーに、女の販売員は誰もが派手な水着を着てビーチで注目を集めるタイプになれ、と教えているようなものです」。彼が求めているのはそうではなく、知性、好奇心、明敏な思考である。営業の神話に登場する、リーダーシップを見せつけるタフガイのようなタイプは、現実世界では居場所がない。むしろ、自我を抑え、顧客へのサービスを最大の目標とする人が成功する。相手を安心させ、物事を明確に伝え、想定外の出来事に対処できる人材を彼は求めている。

 ベムリはさらに話してくれた。「私の元には、こんな営業担当者たちがいました。英語のアクセントがひどく、服装は欧米の基準を満たすものではなく、言い間違いも多い。しかし、素晴らしいストーリーテラーだったのです。自身のストーリーを顧客の抱える課題に結びつけ、部門や場所にかかわらず経験を活かせる人たちでした。彼らはCEOと優雅にワイン談義をするのは無理でしたが、技術について具体的に語ることができたのです」

 シリコンバレーから日本の生保の女性外交員まで、私が訪問した先々のどこでも同じような話を耳にした。